バングラデシュの首都ダッカで日本人7人がテロリストに射殺された事件から1年がたった。日本人が海外で巻き込まれるリスクは依然高い。「どう行動すれば命を守れるのか」(武田真一キャスター)という課題、そこには安全の決め手を持てない現状が浮かぶ。
去年(2016年)7月1日のダッカ事件で殺された7人は全員、現地発展のためのプロジェクトメンバーだった。1年を経て、関係者が少しずつ語り始めた。
現場はダッカ市内の高級レストランで、7人は窓際のテーブル席にいた。実行犯5人はIS(イスラム国)思想に感化された地元の過激派。元従業員のシシル・シャイカーさんは「犯人はイスラム教徒かを確かめたうえで銃撃した。調べるためにコーランを暗唱するように命じられた」と話す。
1人の日本人が冷蔵庫に逃げたが、こじ開けられたという。人質の1人がその時のことを覚えていた。「日本人は殺さないで、許してと言ったが、撃ち殺された。犯人は外国人が国を動き回り、食事を楽しんでいると怒っていた」と振り返った。
この日本人は岡村誠さん(32)らしく、大学院で都市工学を専攻し、途上国の発展に尽力していた。父の駒吉さんは「なぜ親日的な国で狙われたのか。海外出張する人たちが安全に働ける世の中をつくってほしい」と鎮魂の思いを語った。
不満のはけ口に外国人狙う
警察は事件後、ダッカ市内のマンションの一室を銀行員が借りて犯人5人を潜伏させていていたと明らかにした。市民の間にIS協力者が増えている現状に危機感を強める。一方、NHKの取材に応じた過激派組織の幹部は「外国人を攻撃すれば、政府は評判が悪くなり、権力を維持できなくなる。ターゲットは外国人、今の政府を支援する人間のすべてだ」と語った。不満のはけ口に外国人が狙われる構造が根強くある。
バングラデシュ政府は特別部隊を編成し、70人を殺害して大規模テロを防いだとテロ掃討作戦の成果を強調している。テロの芽をつもうと協力を呼びかけるCMも流す。カーン内相は「日本との関係をより深めたい。この事件を教訓に警察を強化している」と述べた。
NHKニューデリー支局の青山悟記者は、一定の成果を認めながらも「脅威はおさまっていない」と見る。破壊力の強い爆弾が見つかり、自爆テロも起きている。「バングラデシュは外国からの支援が必要で、それだけ安全性をアピールしなければならない事情がある」という。
ISがアジアへ
日本エネルギー経済研究所の保坂修司さんは、日本人が標的になる可能性を指摘する。シリア、イラクの本拠地で弱体化したISがアジアや欧州でのテロを呼びかけている。「ISフィリピン」と名乗っていた過激派組織は「ISアジア」と名前を変えた。「ISは日本人がイスラムを攻撃していると正当化するだろう」と危惧を語る。
この1年、世界で起きたテロは主なものだけで150件。過激思想は拡散し、アジアのリスクが高まっている。
海外に長期滞在する日本人は130万人という。ダッカ事件以来、外務省とJICA(国際協力機構)の報告書は「もはや日本人だから安全とは限らない」としている。時代はすでに変わった。
バングラデシュには253社の800人余りが滞在するが、企業名を隠すところも出始めた。3年前に進出した中堅釣り具メーカーは、独自に元軍人を雇い、24時間態勢で警備を強めた。現地の責任者は「一時帰国や閉鎖も考えたが、対策をとってつづける判断をした。つつましく、厳かに職務を全うすることを念頭にやっていく」と話す。
中には日本人社員に極力外出せず、買い物は現地人に頼んで、外食もしないようにうながす進出企業もあるという。
元自衛官や元米軍人が講師の訓練講座も
JICAは実戦的な訓練を呼びかける。松本勝男・南アジア部次長は「一から見直しを進めている」と強調する。日本の警備会社は4年前のアルジェリアテロ事件から元自衛官や元米軍人を講師にした訓練講座を始めた。
助かった人の行動を基にプログラムを作り、身を伏せる練習を繰り返す。具体的な状況を設定して、銃声が聞こえたら入り口をふさぐ、レストランでは逃げ場を見つけるなど。ダッカ事件で参加者は6倍に増えたそうだ。
保坂さんは「情報収集も重要」と指摘する。ISの機関紙やSNS、ときには壁の落書きからも、どの国を襲うか、どんな場所でやるかといったことをある程度つかめる。「途上国支援をやめれば思うつぼ。安全対策をしながら国際貢献を進めていくことが必要で、専門家の育成が喫緊の課題です」
安全の決め手はいまだにない。ないけれど、縮かんではいられない。重い事実と課題が日本につきつけられている。
*クローズアップ現代+(2017年7月3日放送「日本人 迫る"テロリスク"~ダッカ・テロ事件1年」)
あっちゃん