昨日2日(2017年7月)午後9時31分だった。お茶を一口飲んだ藤井聡太四段(14)が、「負けました」と頭を下げた。プロデビュー以来続いた公式戦の連勝記録は29で止まった。止めたのは、東の天才と言われる佐々木勇気五段(22)。攻めの鋭さで知られ、藤井四段も防ぎきれなかった。
午前10時スタート。先手の佐々木五段が、目をつぶって1分半、やおら2六歩と打って、対局が始まった。藤井四段はいつものように前のめりだ。
勝負めしは、藤井四段が「冷やし中華(大盛り)」850円、佐々木五段が「肉豆腐定食(餅1個入り)」1050円。
午後に入って藤井四段が攻めに転じた。解説者が「おー、すごい」「強気に行きましたね」と声を出す。と、佐々木五段が差し返す。「お、負けてない、負けてない」
形勢が徐々に佐々木五段に傾いていき、「藤井四段ピンチ」。その劣勢が続く中、佐々木五段が通った千葉・柏市の将棋センターで見守っていた石田和雄九段が、「これは勝ったな、っていう手つきです。しかしハラハラドキドキでございます」。そして11時間半経った時、公式戦で初めての「負けました」の声となった。
その瞬間、柏市のセンターは拍手に包まれ、石田九段は「寿命が縮む。ハラハラドキドキ。嬉しいです正直」。一方、愛知・瀬戸市のパブリック・ビューイング会場は、「アーッ」という悲鳴に包まれた。
勝った佐々木五段は「私たちの世代を乗り越えられてしまうと、波に飲み込まれてしまう感じがした。立ちはだかって意地を見せたかった」といった。
一方藤井四段は、「機敏に動かれてしまって、勝負どころなくやられてしまった。本局で自分の読みの甘さを痛感した」と言った。
加藤一二三九段は、「佐々木さんの戦い方が非常に優れていました。好きな攻めが取れたというのが大きい。藤井さんは受けて立った。」と言った。
非公式戦でも佐々木五段が勝っていた
実はこの2人、去年5月に非公式戦で対戦しており、佐々木五段が勝っている。さらに佐々木五段は、前回の藤井四段の一戦を部屋の隅でひっそりと観戦していた。その執念、ただものでない。
佐々木五段は、16歳でプロ入りした後、羽生善治・三冠や渡辺明・竜王にも勝つなど、若手きっての実力者。千葉・柏市の将棋教室に幼稚園の頃から通っていて、指導した石田九段は、「努力の人」という。幼稚園で将棋が好きになってしまい、「学校へ行かないで、将棋センターへ通う」と言い出したりしたという。「学校へは行ってたけど、毎日来た」
はじめは弱かったが、石田九段が徹底的に指導して強くなった。攻めの鋭さは天性のものだという。「歩を大切に」という色紙を持った幼稚園時代の写真があった。
対戦前日にも石田氏に電話してきて、「先番が取れるかどうかが大きい」と言っていたそうだ。事実先番になっていたのだが、これも戦略のうちだったか。
小倉智昭「どんなに強い人でも、負ける時はあるんですから」