投票が始まった韓国大統領選挙は、どの候補者も日本に歴史問題を中心に厳しい姿勢をとっている。しかし、有力候補のブレーンに聞くと「それは誤解、日本との協力は推進するべきだ」と意外な答えが返ってきた。「真意は何か」と、武田真一キャスターが問いかける。独自取材からNHKは韓国の行方を読み解こうとした。
大統領選のたびに問題になるのが「北風」だ。北朝鮮の軍事情報や工作活動のことで、対北朝鮮強硬論の保守も、融和論の革新も、どちらにせよいつも揺さぶられてきた。
世論調査では、革新系のムン・ジェイン候補が支持率トップを走ってきたが、一時は激しく追い上げられたこともある。支持者の主婦、オ・ヨンジュンさんは「国民が参加して政治に意思を伝えたい。ムン氏なら間違った政治を変えられる」という。
ムン氏はノ・ムヒョン元大統領の最側近として南北経済交流を推進した。両親とも北朝鮮出身で、朝鮮戦争の時に船で避難してきた。「共同繁栄の関係に大転換させる」と、一貫して対話を訴える。
外交ブレーンのキム・ギジョン氏は「これまでの政権の硬直姿勢が北朝鮮の核開発を進めさせた。軍事的対立だけでは問題は解決しない」と解説するが、この融和路線は他陣営から激しく攻撃されてきた。
中道系のアン・チョルス候補は「北朝鮮は核を放棄しろ。挑発をやめろ」と主張する。トランプ米大統領の北朝鮮政策から緊張が高まると、この「北風」にのり急速に支持を高めた。外交ブレーンのペク・ハクスン氏は「今は強い姿勢が必要な制裁局面にある。制裁を通じて対話に持ち込む」と語った。
しかし、テレビ討論でアン氏がどっちつかずと受けとられて、支持が急落した。「もともと保守支持だったが、保守に望みはないのでアン氏を支持に回った」という不動産業のパク・チョンジュンさんは「もどかしい。投票まで悩みそうです」と迷いを隠さない。
終盤に北朝鮮への強硬姿勢で支持を拡大したのが、保守系のホン・ジュンピョ候補だ。「北朝鮮は援助で核をつくる。そういう人に投票できますか」と、融和論を批判する。「アン氏支持からホン氏にかえた」「国防、安保が第一だ」という声に後押しされる。
NHKソウル支局長の池畑修平記者は「4日以降は新世論調査の発表が禁止されているので、各陣営とも情勢を正確につかみかねています」という。投票率は80%台に上がるとの見方もあり、これがどの候補に有利かはわからない。そのためか「大統領罷免直後という特異な選挙。土壇場でムン氏の訴えがどれだけ共感を呼ぶのか注目されます」と、最後はNHKが毎度使い古した決まり文句でぼかすしかなかった。
静岡県立大学の奥薗秀樹准教授は「北風はどちらに有利か分からない。北朝鮮が何をするかという本来の変数に、米国の出方も読めない。さらに大統領が不在で何か起きたらどうなるかの不安から北朝鮮問題が争点に急浮上した」と分析する。
日本に柔軟な有力候補のブレーンも
日本との関係については、鎌倉千秋アナが2015年の従軍慰安婦問題をめぐる「最終的かつ不可逆的」な日韓合意に触れた。ムン氏も他の候補者も合意を批判、見直しを主張する。評価する候補者は一人もいない。
アン氏ブレーンのペク氏は「見直しを主張するが、詳しくは検討していない。多くの準備が必要だ」と述べた。
再交渉を公約に掲げるムン氏のブレーン、キム氏は個人的考えとしながら、その再交渉を「後継措置の言い方も可能だ」と言いだした。日本を重要なパートナーとして「協力が進まなくなる事態は避けたい。関係が硬直化することは繰り返したくない。日本に厳しいというのは誤解です」と語った。
武田キャスター「強硬一辺倒でもなさそうですね」
奥薗准教授は「キム氏のような柔軟な考えもある一方で、ムン陣営の中には対日強硬論者や原理主義的な人もいる。どちらが指導権をとるのか」と不安要素を指摘。武田キャスターの「どうつきあえばいいのか」との問いに、奥薗准教授は「先入観を持たずに、条件をつけずに首脳が話し合う必要があります」と答えた。
武田キャスターは「日韓関係は日本にも喫緊の課題です。冷静に見ていきたい」と手堅く締めくくった。ただ、これだけ聞くと日韓合意の見直しが課題のようにもとれるが、政府と政府が外交上で交わした約束事を、一方の国内事情で変更されてはたまらない。
そういう信義違反の要求が選挙の宣伝文句で終わるのか、まさか本気でつきつけてくるのか、そこをまず見極める必要こそが日本にはある。もし「最終的な合意」を蒸し返そうとするなら、無茶すぎる。相手にしないことだ。