箱根駅伝「山の神」柏原竜二選手(27)、ケガに泣かされ現役引退 オリンピックの夢果たせず!

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   「一度はオリンピックに出たい」。そんな夢を持ってケガや故障にもかかわらず、練習に取り組んできた箱根駅伝の「山の神」、柏原竜二選手(27)=東洋大学、富士通=が3日(2017年4月)、引退を発表した。

   柏原選手が箱根駅伝で鮮烈のデビューを果たしたのは2009年1月2日の往路。1年生ながら難関といわれる5区の山上りを任され、8人抜きの脅威の走りで区間新記録を達成。東洋大学の往路初優勝に加え復路も制し、初の総合優勝に貢献した。

東洋大、往路4連覇の立役者

   しかも右ひざのケガに悩まされながらも大学4年間は毎年、箱根の山を誰よりも早く走り抜け、史上8人目の4年連続区間賞に輝き往路4連覇を果たした。

   2012年に大学を卒業し、陸上の名門・富士通に入社し陸上部へ。「競技生活はできて32歳とか33歳ぐらいまで。その中で絶対一回はオリンピックに行きたいと思う」と抱負を話していた。

   しかし、社会人ランナーとして1万メートルやハーフマラソンに挑戦したが、大学時代の自己ベストに届く目立った実績を残すことができず引退を決意した。

今でもケガ完治せず復帰の目処立たず

   その理由について「これまで指導をいただいた先生方から『やめるのは早すぎるのではないか、治療やリハビリに専念してはどうか?』という言葉をいただきましたが、昨シーズン(2016年度)に度重なるケガや故障をしてしまい、今でも完治しておらず復帰の目処がついていないことから第一線を退くことにしました」と話す。

   今後は富士通に所属しながら陸上競技の発展のために尽くしたいという。

   伝えた森圭介アナが「少し寂しいニュースになりましたね」。

   これにウエンツ瑛士は「あえだけの成績を残した選手ですから毎年、期待していたんですが、残念という言葉は使いたくない。あれだけ感動させてもらいましたし、箱根の感覚とか経験を活かし後進の育成をしてほしい」。

   呼応して司会の加藤浩次も「山の神と言われ、とんでもなく強かった。あの走りが頭に焼き付いている。アスリートは引退してからの方が絶対長い。次で頑張ってもらいたいですね」。

   柏原選手は卒業後ケガで苦しんだが、箱根駅伝を戦った選手たちの多くは何故か箱根で燃え尽きてしまい、卒業後に目立った成績を残していない。箱根が終着駅でなく高みへのステップにしてほしい。

文   モンブラン| 似顔絵 池田マコト
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