「可愛くて、可愛くて、どうしよう」
小さな背中を撫でながら、リンコ(生田斗真)がつぶやく。骨ばった大きな手の、柔らかな仕草からにじむ母性が、せつなくて、愛おしい。5年ぶりの荻上直子監督作品、生田斗真がトランスジェンダーの女性役と、封切り前から話題には事欠かなかった本作。その期待をひょい、と飛び越えてきた。2017年度上半期マイベストムービー間違いなしです。
恋愛体質の母(ミムラ)と二人で暮らすトモ(柿原りんか)は小学五年生。母が男と駆け落ちまがいの旅に出るたび、トモは叔父のマキオ(桐谷健太)の家で母の帰りを待つ。
久しぶりのマキオの家で、トモを出迎えたのは、トランスジェンダーの女性・リンコだった。リンコは、体は上も下も工事済みだけれど、戸籍は男のままだという。ホモは気持ち悪いもの、と小学校で植え付けられていたトモは、戸惑いを隠せなかった。けれど、食事を作ってくれたり、話を聞いてくれたり、と母以上に愛情を注いでくれるリンコに、トモは次第に心を開いていく。
「リンコさんみたいに綺麗な心の人に惚れたら、そのほかのことは何にも関係ないんです」と穏やかに語るマキオ。「私の娘にいやな思いをさせたら承知しないよ」と凄むリンコの母。そして、いやな思いをさせられても、凛と前を向くリンコの姿。
タイトルにもなっている「本気で編む」とは、奇異なものとして見られたり、不当な扱いを受けたり、トランスジェンダーをめぐる「世間の目」にリンコがひどく傷つけられたときに行う行為だ。なにくそ、なにくそ、と思いを込めて、一目一目、編み棒を動かす。
リンコに寄り添い、「私にも編ませて」と手を伸ばすトモ。教室で、ホモとそしられている同級生のこと。リンコのことを差別的に扱う大人のこと。会いたいのに会えない母のこと。小さいながらに、渦巻く思いが編み上げられていくのが、一心不乱な手の動きから伝わる。
LGBT、ネグレクト、介護などの問題に向き合いつつも、むなしさややるせなさだけに支配されない。トモ・リンコ・マキオの、3人だからこそ感じえたこれ以上ないくらいの幸せな日常に、安堵や奇跡を観たような気持ちすら感じる。けれど、明るい日常だけを描くのではなく、幸福なトーンにまぎれた日々の切なさ、悔しさ、寂しさもクローズアップする。日常の地続きにある、喜び、そして悲しみ。小さな起伏を重ねて変わる心持。
キャストはみな良かったが、特に物語の説得力を支えていたのは、やはりリンコとトモ。生田演じるリンコが劇中で言う「なにくそ」、「ふざけんな」。ともすると男言葉として聞こえ、「リンコの中の男が出た」という印象を与えるリスクのある台詞だが、普段の所作が穏やかな女性のそれであるからこそ、高ぶったときの「ふざけんな」も、リンコという女性の延長線上にあった。柿原演じるトモは、大人を疑いつつも、信じたい。けれど、信じたときに裏切られるのが怖いからこそ、期待しすぎない。感情を高ぶらせない、自分を抑圧する部分のある女の子。その前提をしっかり理解し、感情を前に押し出さないのに、内面の変化をスクリーン越しににじませる。いやぁ、名演でした。
ばんぶぅ
おススメ度 ☆☆☆☆