北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の兄・金正男殺害事件の目的はなんなのか。政敵を取り除く「枝打ち説」、「闇の資金をめぐる確執説」、「亡命阻止説」が飛び交っている。
韓国の情報機関・国家情報院の元職員だったキム・ビョンギ議員は、枝打ちとは血縁のある人たちを不要な木の枝のように切り落とすことだと話す。「正男暗殺の指示は2012年に出されました。これはスタンディングオーダーと呼ばれる絶対的命令だったのです」という。
枝打ちは父親の金正日総書記の時代にもあった。韓国の亡命した甥にあたる人物が一族の実態を暴露した本を出版し、北朝鮮工作員に殺害された。「北朝鮮で最高指導者によって排除が決められた人が生き残るのは不可能です。殺害は時間の問題だでした」
「脱北者グループ」正男をリーダーに亡命政権画策
「闇資金の利権争奪があった」と指摘するのは、韓国国防省のコウ・ヨンチョル元北朝鮮分析官だ。「正男氏の叔父にあたる張成沢氏が処刑された延長で考えるべきだと思います。張成沢氏は正男氏の後ろ盾になっていた人で、その影響力を恐れた正恩氏が粛清に動いたと言われています」
中国と北朝鮮の貿易にかかわり、闇の事情に詳しい男性はこう話している。「正男氏が北京に拠点を置いて活動していたころ、張成沢氏は権力の中心だった行政部を通じて外国資金を掌握していました。その資金を正恩氏に隠して正男氏に管理を任せていたのではないか」
正男殺害の2日前に韓国で発売された週刊誌に「キム・ジョンナム亡命工作」と題した記事が掲載された。正男氏を亡命させて新しいリーダーにしようという動きが5年前にあったと書かれていた。正男氏亡命を求める動きは昨年(2016年)4月にもあった。世界各地にいる脱北者が集まった世界脱北者会議で、北朝鮮の亡命政権樹立し、そのリーダーに正男氏を担ぐ声が出た。
第2段階に入った正恩独裁-偶像化の邪魔になった兄の存在
伊東敏恵キャスター「脱北者会議の動きは北朝鮮側に影響を与えたのでしょうか」
早稲田大大学院の李鍾元教授は次のこう解説した。「かなり神経質になっていたと思います。昨年あたりから高官の亡命が相次ぎ、大きな動きをつくろうということがありました。正男氏は一種の象徴的な人物で、それが結びつくことは警戒していたと思います。
正恩氏が政権の座について5年。次は『権威』をつくる必要があります。キーワードは偶像化。しかし、正男氏が第三国に亡命して一族の話をしたり、回顧録でも書いたりすれば、偶像化に大きな打撃になると見たのでしょう」
それにしても、実行犯がすぐつかまったり、大使館関係者の顔が割れたりとずいぶんとずさんな計画と手口だ。国際社会で北朝鮮への批判が強まることはわかりきっていたはずだが、あの国にとっては外交関係より金恩氏がファーストなのだろう。