金正男暗殺事件の推理あれこれ
まずは金正男の暗殺事件から。この事件の不可解さは、なぜこの時期に、ほとんど北朝鮮に影響力のない正男を、金正恩は殺さなくてはいけなかったかということである。
残念ながら、それについて頷ける解説をしている週刊誌はどこもない。週刊文春は、金正男の近くにいた九州地方出身で北朝鮮籍を持つ60代のKという男が、常に正男と一緒だったのに、今回はなぜか同行していなかったと報じている。だが、「本国(北朝鮮)=筆者注)から何らかの情報を事前に得ていたのではないか」というだけで、謎は謎のままだ。
正男は、日本のメディアの人間とも親しく、中でも、2012年に文藝春秋から『父・金正日と私 金正男独占告白』を出した東京新聞編集委員の五味洋治は何度も正男に会い、今回も「哀悼手記」を週刊文春に書いているが、今回の事件を解くカギは何もない。
週刊新潮は、新潮らしくやや斜めからこの事件を見ている。週刊新潮は、誰が一番笑ったかを考えると「韓国秘密グループ」が浮上すると、韓国謀殺説をとる。
根拠は、北朝鮮側にいま正男を標的にする根拠がない。事件の直後の16日(2017年2月)が金正日の生まれた祝日だから、金正恩が正男を殺したと正日に報告するのは不自然。
当然だが、監視カメラがたくさんある空港ではなく、殺すならもっと別の場所ややり方があったはずだ。朴槿恵の次の大統領は北朝鮮と近い人物がなると予想されるから、北朝鮮の仕業に見せかけて韓国の情報機関が「蜜月」を阻止する目的でやったというのである。
人数の多い割りには素人のような殺害の仕方や、その後の逃走方法など、北朝鮮がやりましたという「証拠」をあちこちに残す杜撰さは、北朝鮮と見せかける意図があったと思えないわけではないが、やはり弱いのは、いまなぜ金正男殺しなのかというところであろう。
週刊現代では近藤大介編集委員がグローバルなアメリカの戦略の中で、北朝鮮の問題を考えろとレポートしている。
今から2カ月ほど前に、アメリカ国務省でアジア地域を担当するダニエル・ラッセル東アジア担当国務次官補がひっそり来日していた。
彼はトランプ政権でも留任している。ラッセルは、トランプ政権になればオバマよりさらに踏み込んだ政策をとるから、日本は覚悟をしてもらいたいと言ったそうである。
ワシントンとしては、北朝鮮をアメリカ、中国、ロシアとで「信託統治」しようと考えているというのだ。しかし、これをやるなら「北朝鮮の後見人」を任じる中国をどう説得するかにかかっている。
それがもしできたとして、金正恩を第三国に移らせ、誰をもってくるのか?
長男の金正男が消されたいま、平壌には次男の金正哲がいるが、彼は女々しくて政治家向きではないという。
本命は現在駐チェコ大使の金平日(62)だそうだ。彼は金日成と後妻の間に生まれ、朝鮮人民軍の護衛司令部などの要職を歴任したが、金正日が後継に決まったことで、国外に転出した。
一時、金日成は彼を呼び戻し、後継を印象づけたのだが、その直後、金日成が「怪死」して、金正日が総書記になり、彼はふたたび国外に放逐されたという。
これには正恩体制が揺らいでいることが前提になるが、金正恩体制は現在盤石で、中国は不本意ながらこの体制と和解したという見方があると、ニューズウィーク日本版が伝えている。
「正恩は驚くほど巧みな権力掌握の手腕を発揮し、短期間で権謀術数の手腕を身に付けた」(ニューズ)
私には、トランプのアメリカと事を構えようとしている金正恩が、衆人環視の中で正男を殺したとは考えにくい。かといって韓国説にも無理がある。マフィアがらみの金銭のもつれによる見せしめのための殺人の可能性もあり得るのではないかと、思い始めているところである。