ハーバードやケンブリッジに合格した優秀な学生が、これを蹴ってまで集まる大学がサンフランシスコにある。創立3年、卒業生もまだ出していないミネルバ大学だ。なぜ? カギは先端技術を駆使した次元の違う教育だった。教育とテクノロジーを合わせて「エドテック」という。
ミネルバ大学は、サンフランシスコのオフィス街の一角にある。といっても、学生300人が寮で共同生活をしているだけ。講堂も教室もない。授業は全てオンラインだから、世界中どこからでも受けられる。いったいどんな授業なのか。
コンピューター画面に学生の顔が出て、テーマを追って意見がどんどん出され、全員がこれに加わる。発言時間が記録されていて、消極的だと緑色の表示が出て、発言を促される。「いいね」など学生も互いに評価し合う。講師が各個のデータを検証してアドバイスもする......恐ろしく濃密な90分だった。
授業は午前中だけ。午後と金曜日は、それぞれにインターンシップで企業などで活動する。授業の映像・データはオンラインで保存されているから、いつでも、どこからでも呼び出せる。
ベン・ネルソンCEOは、「最低レベルでも、名門大学の最高の授業より優れている。我々は全く違う次元の教育を生み出した」と胸を張った。
韓国のキム・カンサンさん(20)は、昨年9月の入学。ケンブリッジを蹴ってここへ来た。「この大学ほどの魅力を感じなかった。これほど刺激的な環境で学べて、実践的な体験も身につくところは他にない」。彼はすでに、シリコンバレーに近いベンチャーのIT企業で、アプリの開発で結果を出していた。
半年ごとに世界を移動しながら大学生活
学生は1年間はサンフランシスコで共同生活だが、以後は半年ごとにロンドン、ベルリン、ハイデラバード、ソウル、台北、ブエノスアイレスに移動して、経験や人脈を増やす。オンライン授業だからできる。
なぜこんな発想が出てきたのか。米在住でエドテックを研究している上杉周作さんは、「一つはアメリカの学費の高騰。日本の何倍もかかるが、卒業してもいい職に就けるとは限らない。そこで、大学そのものを考え直そうという人が出てきた。テクノロジーで学びを促進できないかと、試行錯誤の結果だ」という。ただ「テクノロジーは、目的ではなく手段」と釘を刺していた。
小学校や高校でも「エドテック」導入
エドテックは、初等中等教育の現場でも「地殻変動」を起こしている。ミシガン州のある公立高校は、かつて5人に1人が中退していたのを、エドテックの導入で8%にまで減らして「奇跡の高校」といわれる。
「反転授業」と言って、生徒は自宅でインターネットの動画サイトで授業の動画を見る。わからないと、何度でも巻き戻して見る。では教室は? ここは宿題をする場だった。わからないところを、直に教師に教えてもらう。これで、苦手を克服してトップクラスになった生徒もいた。
小学校も面白い。サンフランシスコ近郊の公立小学校では、エドテック専門の教員を置いて、子供達が苦手な算数と理科で、パソコンを使った遊び感覚の授業をしていた。さらに併設の幼稚園では、算数のゲームで、子供達の試行錯誤の過程をコンピューターが解析、一人ひとりに合った問題を出していた。つまり「オーダーメイド」である。
担当教師は「一人ひとり違った個性があり、違った方法で学ぶ。自分のペースで解いて成功体験を積み重ねていく。人工知能がサポートする」と言った。事実、子供たちは「楽しい」といっていた。
尾木直樹・法政大学教授は、「一人ひとりの指導ができるのが有能な教師だが、これだと、新任の教師でも算数が不得意な教師でも教えられるかもしれない。ただ、使いこなすこと」という。
文 ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2017年1月26日放送 「ハーバードはもう古い!? ~エドテック"教育革命"最前線~」)