将棋界でかつてない一戦が先月(2016年12月)、実現した。史上最年長の加藤一二三(ひふみ)九段(77)と最年少14歳2カ月でプロ棋士になった、中学2年の藤井聡太四段の対局だ。藤井四段が10時間43分の熱戦を制した。14歳5カ月での勝利は史上最年少。それまでの最年少記録は加藤氏自身が63年前の1954年に作った14歳7カ月だったのだから、いやがおうでも話題を集めた対局だった。
加藤氏は史上初の中学生棋士で「神武以来(このかた)の天才」とよばれ、現役年齢、現役勤続年数、通算対局数、通算敗戦数は歴代1位だ。これも天才との評価が高い藤井君との対局前には「できたら早い時期に戦いたい。頭の回転が私よりはやいかどうか楽しみです」と話していた。
午前10時からの対局は、紺のスーツに鮮やかな青のネクタイの加藤氏と学生服(その後脱いで青いセーター姿)の藤井君が静かに向き合った。加藤氏はまず金銀を王の前に並べる矢倉囲い、藤井君も同じ構えをとって「相矢倉」で始まった。藤井君は「加藤先生の将棋を教わりたいということです」と、対局後に話した。
ネット観戦した、もう一人の天才・羽生善治三冠(46)は「加藤先生が得意な形で、真正面からぶつかっていったことは非常に好感が持てる」と言う。
藤井四段、直感で攻めた「8五歩」が決め手に
3時間が経過。加藤氏が攻撃態勢に入ったかと思われたとき、藤井君が意外な一手をさす。8五歩。守ってもおかしくない場面だったが攻めに出たのだ。控え室にいたプロ棋士たちから「ん?」「おかしい」の声が漏れた。だれもが藤井君はピンチを招いたと思った。
羽生三冠も「これで藤井君はほぼ100%猛攻を受けるのではないかと見えた」と受けとめた。
藤井君は「悪くなることはないと読んだわけではなく、感覚が大きかった」と振り返る。
6時間経過。終盤にさしかかったところで、加藤氏は鞄からチーズを出して食べた。これには「なにか新たな手筋ではないかと思った」と、藤井君も戸惑ったらしい。藤井君は激しく攻め込まれた。しかし、その攻撃が緩んだ瞬間、藤井君は8五歩の前に桂馬を置いた。加藤氏の顔色が一変した。「8六桂を見て、一手負けたかと思った」そうだ。それでも、一つのミスで逆転もあり得る形勢で終盤に入った。
10時間43分経過の時点で、加藤氏はやや斜め上に顔をわずかに上げてから「負けました」と一言。決着60手前の8五歩がきいたのだった。
羽生三冠は「大胆な手でした。これからが楽しみです」「驚異的な能力というか」と評価した。藤井君は「初戦に勝ててうれしい。これからも気を引き締めてやっていきたい」と話した。
スタジオには、加藤氏が生出演した。「8五歩のとき、藤井君は私の顔をちらりと見て、私の勝ちですよと目が言っていた。強いと思いました」
解説の中村太地六段は「あの8五歩は守りたくなるところを歩を前に出して攻めの礎を築いた」「藤井君の直観の正確さを示した。長考に好手なしの格言があります。直観が大事ということを示してもいます」と話す。
その藤井君にトレーニング方法があるのかと質問したところ「才能だけではなかったのです」と、キャスターの伊東敏恵アナが言う。