週刊現代が久々のスクープだ。「高畑裕太『レイプ事件』被害者女性の初告白」。取材したのは本誌記者・齋藤剛氏。被害女性Aさんが話すことを決意したのは、裕太の弁護士・弘中惇一郞氏が出した声明文だった。それを受けてネットやメディアで「最初からカネ目当てだったのか」という心ない中傷が飛び交った。
なかでも、彼女は週刊文春の「被害女性は高畑の誘いに乗って部屋へ行き、行為の求めに応じた」と報じたことに怒りを覚えたという。高畑側のいい分をそのまま報じるセカンドレイプのようなメディアに対して、「真実を知ってほしい」と、1回限りのインタビューに応じたのだという。
加害者。Aさんは裕太のことをこう呼んだ。加害者が1人でホテルへ戻ってきたのは深夜の1時40分頃。他愛もないことを話しかけてきて、その際、「後で部屋にマッサージに来てもいいよ」といわれたという。
<「これについてははっきりと『行きません』と答えました」(Aさん)>
部屋に戻った加害者は再び2階のフロントに現れ、「歯ブラシを取りに来た。5分後ぐらいに部屋に持ってきて」といわれた。彼女は仕方なく「では、あとでお持ちします」と答えたそうだ。なぜ、しつこく誘う加害者の部屋に歯ブラシを持っていくなどといったのか。
<「不思議に思われるかもしれません。もちろん私が職場を放棄して、加害者の部屋に向かったわけではありません」(同)>
午前2時から休憩時間だったので、歯ブラシを届けて、そのまま休憩に入ろうと考えたという。<「加害者は有名人ですから、世間体もありますし、まさか危ない目に遭うなどとは、まったく考えませんでした」(同)>
週刊文春には一緒にエレベーターに乗り、その中でキスをしたが嫌がらなかったという描写があるが、2人でエレベーターには乗っていないと完全否定。部屋をノックすると、ドアを開けた加害者の手がいきなり彼女の右手に延びてきて、凄い力で掴まれ、部屋に引きずり込まれたという。
<「ベッドに押し倒されると、すぐ耳元で、『脱げ』と低く凄みのある声で言われました。(中略)目つきといい声色といい、まるで別人でした。とにかく恐ろしかった。
私を押し倒した加害者は無理やりキスをしてきました。(中略)気づくと全裸になっていました。
加害者はしつこく私の服を脱がせようとしましたが、必死に抵抗しました。それでもブラウスや下着の下に手を入れて、身体を触ってきました」(同)>
上半身は脱がされなかったがズボンを脱がされてしまった。そこでとっさに「生理中だから」と嘘をいったが、そのまま加害者は避妊具もつけずに性行為に及んだそうだ。
なぜそのときに大声を出すなり、壁を叩くなどしなかったのかと、事件後、検事に聞かれたという。<「まずホテルの従業員として自分のことで騒ぎが起きて、他のお客様やホテルに迷惑をかけてしまうということがあります。
そしてなにより加害者の目つきが怖かったのです。(中略)いまでも突然、あの目がフラッシュバックして、私を苦しめます。(中略)大きな声を出すことによって何をされるかわからないという恐怖心は性犯罪の被害者にしかわからないと思います。自分の身を守るためには嫌でも相手の言いなりになるしかなかったのです」(同)>
加害者は「(精液を)出してもいいだろ」といったという。やめてくださいと必死でいったが、「生理中だったら大丈夫だろう」と聞き入れなかったそうだ。
週刊現代は週刊文春の記事が間違っている証拠として、彼女の当夜着ていた服装の一部を載せている。週刊文春はTシャツとジーパンと書いたが、ブラウスの上にベスト、セーターである。
だが、最大の疑問は彼女は必死に抵抗したというが、隣の当夜の映画スタッフも週刊文春を含めたメディアの取材でも、テレビの音も聞こえるほど壁が薄く、争うような物音はしなかったという点についてだ。
次号もこの告白は続くそうだから、こうした疑問点や、なぜ示談に応じたのかについては次に期待しよう。どちらにしても、彼女の勇気ある告白は、またさまざまな心ない誹謗中傷を呼ぶのであろう。メディアには冷静で中立的な取材と検証をしてもらいたいと思う。
豊洲市場「盛り土抜き」提案した日建建設―初めから地下空間設計
週刊ポストは安倍首相とプーチンロシア大統領の間で「北方領土2島返還」が決まれば、来年1月に解散・総選挙をやり、結果、3分の2どころか4分の3超えすると予測している。
参院選のように野党共闘ができたとしても、小池百合子新党、おおさか維新の会、名古屋の河村たかし市長が組めば、野党共闘は埋没してしまうと読んでいるのだ。それによって安倍首相はプーチン化し、憲法改正どころか、思うがままに日本を操るというのである。
そんなことをさせては絶対いけない。そうはいっても民進党の代表が替わってもなにも新しい路線を打ち出せないのでは、この読み通りになる可能性をまったく否定はできない。困ったものだ。
けさ14日(2016年10月)のasahi.comにこんな記事が載った。<東京都の豊洲市場(江東区)で主な施設下に盛り土がなかった問題で、施設の基本設計を受注した設計会社・日建設計が受注前の段階で「盛り土工事の省略」について都の担当幹部らに説明していたことが13日、分かった。都の土壌汚染対策と矛盾しかねない内容だが、問題視されていなかった>
日建設計については、すでに週刊新潮が「豊洲疑惑の最後の黒幕」と報じている。週刊新潮によれば、専門家会議の汚染対策としての盛り土の提言を事実上反故にしたのは、11年1月7日に大手設計会社、日建設計が都に出した「技術提案書」で、そこで「盛り土不要」の工法を提案して、それを受ける形で基本設計が作られたとしている。<以降、日建設計と都の担当者以外は(盛り土)が葬られたのを知らないまま新市場の建設が進められた>(週刊新潮)のだという。
10月下旬から始まる都の「市場問題プロジェクト」では、日建設計の担当者も呼ばれ、責任者の名前を明らかにするよう求められるそうだが、それを知ったところで、「盛り土問題」の本質にどれだけ迫れるかは疑問だという。<「基本設計書には数十人の印が押されている。責任の濃淡はありますが、それこそ、担当責任者は20~30人という人数になってしまいます。しかも、彼らは、そもそも役人として『盛り土』によるコスト増を抑えようとしたわけで、メンバーをリストアップして処罰したところで、解決したことにはなりません」(都政担当記者)>
土壌汚染対策の盛り土がなかった問題で、小池都知事は担当部局長の岸本良一・中央卸売市場長を事実上更迭する人事異動の方針を固めたと報じられている。だが、これだけで問題解決とはいかないはずだ。
豊洲、五輪だけじゃない「小池都知事」難問だらけ!都立広尾病院移転でも巨額負担
週刊朝日が小池都知事に早くも「限界説」と大特集をやっている。結論からいうと、小池都知事には周りに人がいない。したがって、疑問を呈することはできても、そこから決断までがなかなか進まないのだ。共産党の清水ひで子都議がこういっている。
<「答弁が曖昧で、他人事になっているところがもの足りない。私たちが証拠を出しても『調べます』『PTで相談する』ばかり。『そう思う』とか『違う』とか、もう少し自分の判断を示していただきたかった」>
こうした態度に、都議会の傍聴席から「利権ファーストなの? 都民ファーストなの? しっかりしなさい!」という野次が飛んでいるそうだ。小池都知事は憮然とした表情で、傍聴席を睨んでいたという。人がいない、カネがない、古参の秘書らが彼女の元を離れてしまっているなど、口で勇ましいことをいっても、動く人がいないのが実情らしい。
そのうえ、豊洲移転だけではなく、東京五輪の施設見直しも早急にやらなければならない。今のままでは、長野五輪の施設のように、造ったはいいがその後使う人も少なく、赤字を垂れ流して都の財政を圧迫することになると週刊朝日は苦言を呈する。唯一といってもいい大物の味方である二階幹事長だが、これも相当なタヌキだから、彼女の思い通りに動いてくれると考えるのは甘いだろう。
週刊朝日によれば、東京都立広尾病院の青山への移転計画もある。土地購入費だけで370億円。病院建設費を含めると約900億円になるという巨大プロジェクトだそうだが、なぜ現地建て替えではなく費用のかかる移転新築なのか。舛添要一氏が都知事時代に決めたようだが、これも難問だそうである。
一見、順調そうに見える船出だが、実態は板子一枚下は地獄という、歴代都知事と変わらないのが実態のようだ。これまでやって来たことにクレームをつけることは誰でもできるかもしれないが、それをどう都民の納得のいく形でまとめられるのか。正念場が近づいている。
「石原さとみさんはウチでは使えません」出版界一厳しい新潮社校閲部長
石原さとみ主演のドラマ「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」(日本テレビ系)の視聴率がいいと週刊新潮が報じている。初回の視聴率は12・9%だったという。視聴者に馴染みの薄い校閲がテーマでこの視聴率は、たしかにスゴイ。
石原はファッション誌の編集者を希望して出版社に入ったところ、校閲に回されてしまう。それが気に入らないのか、編集者を「このタコ!」と怒鳴り飛ばしたりするそうだが、出版社イチといわれる新潮社の校閲部長・飯島秀一氏は、石原についてこういっている。
<「校閲は、原稿の最初の1文字から最後の1文字まで同じテンションで読むことが何より大事です。石原さんが演じるキャラクターは落ち着きに欠けるし、編集者になりたいと公言しているので、うちの校閲職では採らないと思います」>
私のいた講談社でも、最近は知らないが、校閲職を編集や営業とは別に採っていた。編集者から校閲に行く人間もいたが、ほとんどは10年以上のベテランであった。校閲の仕事は、原稿と見比べて間違いを探すだけではなく、人名、年代、地名などあらゆる箇所が間違っていないかチェックし、そのために辞書や図書館で調べるだけではなく、飯島氏のように、小説で描写される風景を確認するために、「地図を広げれば、等高線から『この位置だと対象物が見えない』と判断」することもできなくてはいけない。
編集者のほとんどは会社を離れると売る物はないが、校閲だけは引く手あまたである。現在、大手出版社でも自前で校閲を持っているところは少なくなってきている。ましてや中小出版社では皆無であろう。どうするのか。校閲ばかりを集めたプロダクションがある。そこへ発注するのだ。
私の知っている校閲プロダクションは、毎年売り上げを伸ばし、近々上場するといっているが、それができると思うほど絶好調である。最近、大阪にも進出したが、大阪はそうしたプロダクションがほとんどないから、入れ食い状態だという。
私も校閲をやっていれば、定年後に飲み代に困ることはなかったのにと、後悔している。