東京の郊外、八王子で夫婦が惨殺され、壁に血文字で「怒」と大きく書かれていた。犯人は全国に指名手配されるが、顔を整形し逃亡を続ける。東京のエリート・サラリーマン優馬は実はゲイで、夜な夜なクラブで知り合った男と遊ぶという生活を続けていた。EDMに乗せて優馬たち150人が踊り狂うシーンは官能的だ。優馬は新宿のクラブで直人(綾野剛)と出会い、サウナでセックスし同棲生活を始める。
父が千葉の漁協で働いている娘・愛子は仕事場で他所者の田代(松山ケンイチ)に目を止め、手作り弁当を届けに日参する。沖縄の女子校生・泉は無人島でバックパッカー・田中(森山未来)と知り合う。泉は田中の自由奔放な生き方に魅かれていくが、ある事件に巻き込まれ、田中との関係はギクシャクしたものになってしまう。
直人、田代、田中はそれぞれが暗い過去を背負っているらしい。東京、千葉、沖縄で3人の正体不明の男たちのドラマが展開していく。原作は吉田修一の「怒り」で、映画「悪人」以来6年ぶりに監督・李相日とタッグを組んだ。2007年に千葉・市川で起こった市橋達也の事件が原型になっている。
「怒り」の裏にある「人を信じたい」
バラバラの3つの場所の出来事なのだが、いずれも似たような経過をたどる。出会って、親しくなって、犯人ではないかと疑う。指名手配のモンタージュ写真がときおり挿入される。犯人・山神は誰なのか。写真はあるときは直人のようであり、あるとは田代のようでもある、また田中のような気にもなる。松山、綾野、森山の狂気を秘めた眼差しにドキッとする。
「怒り」の裏テーマは「信じる」だ。人を信じちゃいけない、人を信用すると大変な目にあうというデスペレートな展開だ。最初の八王子夫婦殺人事件も「人を信じてしまったから」起こった。登場人物の「信じていたから許せなかった」という台詞もある。最後の最後に「いいや、人を信じていいんだ」という一条の光が差し込む。それが救いだ。
背景にあるのはLGBT問題、沖縄の基地問題、派遣労働者問題。それを声高に主張するわけではないのだが、これは問題提起ともなっている。ラストに坂本龍一の荘厳なテーマ曲「許し」が流れる。
佐竹大心
オススメ度☆☆