神奈川・相模原の障害者施設で19人の入所者が殺害された事件で、加害者の「障害者は不幸しか作らない」という言葉が、障害者だけでなく、弱さを抱える人たちにも「生きづらさ」や「いつ襲われるか」という不安を掻き立てた。追悼のホームページには400を超える書き込みがあったが、障害者だけではなかった。高齢者、喘息など持病を持つ人、ヘルパーを必要とする人、生活保護受給者などの「自分たちは必要ないと思われていないか」という不安だ。
車イスの先生、東京大の熊谷晋一郎准教授は「社会が効率を求め、本来、人間が持っていた多様性が失われています。不安は健常、障害を問わず増えている」という。ジャーナリストの池上彰さんは今回の事件を「「今の社会の縮図。戦後、誰でも等しく生きる権利があると教わってきましたが、それが定着していなかったという衝撃があります」と話す。「もしアメリカだったら、大統領が現場に来て『こんなことはあってはいけない』と語りかけるだろう。それほどのことだと思います」
違いを認め合う柔軟さ失った現代
北海道の「浦河ぺてるの家」で障害者支援活動を続ける向谷地生良さん(北海道医療大教授)は、「学生時代、介護の現場で寝たきりのお年寄りを見て、将来の自分の姿だと思いました。あの容疑者はそうは思わなかったんでしょう」という。視聴者からも「弱者切り捨て」「優生思想」という書き込みがあった。「優生思想」はヒトラーが唱えた。加害者は「ヒトラーが降りてきた」などと口走っている。目下、精神鑑定中だ。
東京・秋葉原にある「富士ソフト企画」は「特例子会社」という、障害者の雇用を特別に配慮した会社だ。障害者とうつ病などを抱える人など135人がデータ入力やホームページのデザインをしている。障害は身体、知的、精神的とさまざまである。うつ病、高次脳機能障害(記憶)、てんかん、幻聴などの人もいて、互いに補い合って仕事をしている。
悩んでいるのは自分だけじゃないという思いが、自己肯定に繋がるのだという。親会社の社員も問題を抱えると子会社に移る。ここでの仕事を経て、8割が復帰しているという。
障害者と健常者が相乗効果を生んでいる例があった。静岡・浜松にある生活介助施設(NPO法人)は重い知的障害を持つ人と地域の人が普通に交流していた。施設を作った久保田翠さんは、知的障害の息子、荘(たけし)さん(20)を持つ。どこででも音を立てる荘さんはずっと「問題行動の子」だった。しかし、久保田さんは「荘にとっては、それが一番大事なことだった」と気づく。
アメリカ人の夫を持つロビンス小依さんは、娘2人を連れてくる。娘は小学校に馴染めずにいたが、ここへ来て明るくなった。「一人ひとり違っていいんだとわかりました。私も気づかされましたね」
こうした視点は経済学からも裏付けられる。法政大の真保智子教授は「多様な人材を抱える企業は人を大事にしているんですね。いい人材も集まり、成長にも活性化にも繋がります。人材は生き残りに貢献する」と解説する。進化の視点から研究している東京大の長谷川壽一教授は「20世紀的社会は多様性を失ってしまいました。支え合いに回帰する必要があります」という。
「弱さの情報公開」が多様性のカギ
社会としてはこの問題にどう向き合ったらいいのか。向谷地さんは「弱さの情報公開」を提案した。「情報保護とは逆に、発信してみんなで助け合う。対話を通して、(違いを)当たり前にすることが大切でしょう」。池上さんは「均質は危険」と踏み込んだ。「均質性は脆い。学校のいじめもここから来ているんです。対して多様性は強い。障害の人がいると多様性を理解できます」
番組で取り上げた「サルサガムテープ」の話が重かった。20年以上も前から健常者と障害者で作るバンドで、歌手の故・忌野清志郎さんらも関わった。バンドでボーカルをつとめる加藤優吾さん(23)は脳性麻痺で足が動かない。4年前に知人がいった言葉が忘れられないという。
「障害のある人と遊ぶと疲れる」
壁が取れていなかったというのだ。これがおそらく現実なのだろう。日本人の均質志向は根深い。
*NHKクローズアップ現代+(2016年9月29日放送「生きづらさを抱えるあなたに~障害者殺傷事件が投げかけたもの~」)