軍事目的のための科学研究はどこまで許されるのか。大学がいま防衛省の新制度をめぐって岐路に立たされている。戦前・戦中に大学が軍の兵器開発に深く関わった反省から、大学研究者たちは戦後は一貫して軍事目的のための科学研究を自ら封印してきた。ところが、ここにきて防衛省が大学研究者に資金を提供し、その成果を防衛装備の向上に活用しようと急接近しているのだ。
テレビ会議用のカメラを搭載した爆弾処理用ロボット、スマホなど端末を使った偵察用ロボットなど、民間の技術を活用したデュアルユース(軍民両用)の流れが加速している。その流れを一層進めるために、防衛省は昨年(2015年)、「安全保障技術研究推進制度」を発足させた。目的は基礎研究に取り組む大学や企業に資金を提供し、防衛装備品のハイテク化につなげようという狙いだ。予算も今年度の6億円から来年度は一気に110億円(概算要求)と20倍近くに膨れ上がる。
「サイバー攻撃自動対処」「昆虫サイズの小型飛行体」など有望提案に年間3000万円
自衛隊の装備一切を引き受けている防衛装備庁で装備のハイテク化を担う「技術戦略部」が必要な研究テーマ20件を洗い出し、大学や民間企業からの提案を募っている。「革新的な手法を用いたサイバー攻撃自動対処」「レーザシステム用光源の高性能化」「昆虫あるいは小鳥サイズの小型飛行体実現に資する基礎技術」「水中移動を高速化する流体抵抗減」などで、有望な提案には最大で年間3000万円の資金を提供することにしている。大学からはこれまで23件の提案があり、5大学の研究が採択された。
そのうちの一つが北海道大学の村井祐一教授の提案だ。水中での物体の動きを研究する流体力学が専門で、提案したのは「船の先から泡を発生させて水の抵抗を減らし燃費向上や高速化につなげる研究」だった。技術戦略部では艦船や潜水艦の燃費や速度向上に資すると期待を寄せている。
村井教授は応募したのは資金を得て研究を進めたいからという。「大学から支給される研究費は年間200万円程度。この分野は中国でもすこぶる優秀な研究者がおり、熾烈な開発競争になっているのです。防衛省からの資金は競争に勝ち抜くうえで必要なものでした」「軍事のみを目的としたものなら当然、提案はしません」と話す。
取材したNHK文化科学部の新本貴敏デスクによると、防衛省と研究者が個別に行っている共同研究は9年前は1件だったが、現在は10件に増えている。日本の大学研究者への働きかけは、防衛省だけでなく、アメリカ、イギリス、韓国の軍事関係者もいることがわかってきた。アメリカ空軍は日本が得意とするロボット、レーザー、セラミック素材に注目し、この6年間で延べ128件、約7億円の資金を日本の研究者に提供したという。
研究費不足に悩む学者たち・・・「日本学術会議」も封印解除
大学側には国立大では研究費のもとになる交付金の減少、私立大では少子化で授業料収入の減少が響き、研究費獲得が困難になっているという事情があるのだが、それだけでもなさそうである。「日本学術会議」が4月(2016年)に開いた総会で、大西隆会長の発言が波紋を広げた。「自衛隊を国民が容認しているということなので、その目的に叶う基礎的な研究開発を大学の研究者が行うことは許容されるべきではないか」
学術会議が声明を出し封印してきた「軍事目的のための科学研究は行わない」というダブーを破ることになるわけで、発言をめぐって大揺れに揺れた。学術会議は6月に「安全保障と学術に関する検討委員会」を立ち上げ、声明を見直すべきかどうか議論を重ねている。
「防衛省が大学の研究に期待をかけるのはどうしてですか」と久保田祐佳キャスターは、軍事と科学の関わりを研究している東京工業高等専門学校の川村豊教授に聞いた。
「現在の防衛技術が大きな変革期にきたのだと思います。人工知能や無人機がデュアルユースの形で防衛技術にも使えるようになるなど、防衛省も民生用の基礎研究がやがては防衛装備に使えるのではないかという観点から、熱い視線を注いでいるのでしょう」
研究費捻出に頭を悩ます大学研究者と防衛能力の向上を目指す防衛省の思惑が一致したのだろう。