日本の男子柔道は、前回のロンドン五輪で金メダルゼロに終わり、再建を託された井上康生監督は「リオ五輪では全階級で金メダルを取る」と豪語する。何をやったのか。
昨年7月(2015年)、日本代表はブラジルで異例の合宿を行った。ブラジリアン柔術との練習のためだ。ブラジリアン柔術は寝技の種類が柔道よりはるかに多い。どんな技が来ても対応できる身のこなしを養うのが目的だった。井上監督は「世界の柔道に対応していくためには、そのルーツから勉強しないと対応できない。変化に対応する力がなければ、生き残っていけない」という。柔道の本家のプライドを捨て、他の格闘技から学ぶという決断だ。
沖縄相撲で次々投げ飛ばされた選手たち
日本の柔道は相手との間合いを取り、相手のバランスを崩して一本を取る。2000年のシドニー五輪で内股で金メダルを取った井上康生はその典型だった。ところが、近年の柔道は日本の間合いを封じ、日本人を上回る力と民族格闘技の技を使う外国人選手が席巻している。ロンドン五輪がそれだったのだ。
民族格闘技にはジョージアのチダオバ、モンゴル相撲などがあり、井上監督も現役最後の頃にはそれに対応できなかった。「一本を貫く柔道を最後までやった。それだけだったために、最後は頂点に立てなかった。死に物狂いで頑張っている選手たちにそういう思いをさせたくないんです」
自分の得意な形になれなかった時にどう戦うかだと話す。今年1月の沖縄の合宿では、伝統の沖縄相撲と対戦した。密着して組み合う慣れない態勢からの仕切りに、世界チャンピオンが次々に投げ飛ばされた。しかし、繰り返すうちにコツがわかって対応し始めた。沖縄相撲には世界の選手たちが使う技が多く見られた。選手たちはそれを体感したのだった。
外部からの人材も入れた。岡田隆コーチは肉体づくりを担当した。スポーツ医学が専門で、現役のボディビルダーでもある。国際大会で選手たちの肉体を比較・観察して、日本選手は背中の筋肉が劣っていると見た。「筋肉量(フィジカル)で圧倒的に負けていると技術を出せない可能性があります。外国人を倒せる状況までフィジカルを上げるという発想で取り組んできました」
効果的な筋肉のつけ方を熟知している。100キロ級代表の羽賀龍之介選手は鋭い内股が武器だが、国際大会では強い力で間合いを殺されてきた。トレーナーは後背筋の弱さを指摘した。綱引き、綱登り、懸垂などが課された。そして臨んだ昨年の世界選手権では、相手を引き付けて次々に内股を決め、この階級で5年ぶりの優勝を遂げた。本人も「力負けしなくなった」と話すようになった。
他の選手も筋肉量が増加し、多い選手は6キロも増えた。これが金メダル奪還への原動力になるか。井上監督は「体力でも数字でも非常に上がってきています。少しづつだが成果は上がっていると思う」と自信を見せる。
柔道に詳しい作家の増田俊也さんは「五輪の柔道の舞台はいま異種格闘技の『天下一武道会』になっているんです。もともと柔道の技は、殴る、蹴る以外は何でも包括しているので、あらゆる技が試される場になっている」と語る。「ただ、相手も日本の柔道を怖がっている」
100キロ超級に大きな壁!204センチ、135キロ、6年間負けなしの仏リネール
大きな壁がひとつある。フランスの100キロ超級テディ・リネール選手だ。204センチ、135キロ、6年間負けなし。世界ランク1位。日本の同級代表の原沢久喜選手(ランク2位)は昨年の国士館大での練習で、リネールに15分間に4回投げられ、「経験が足らない」と言われた。その原沢はいま「戦えるところまで来た」という。
リオで「最強伝説」に挑むのは7人だ。力比べのような美しくない柔道を見せられるのはごめんだが、それに対応する日本選手の姿は是非とも見たい。
ヤンヤン