先月(2016年1月)に発表された昨年の廃業企業数2万6699社は、倒産した件数の2・7倍にのぼる。経営状態を見ると、黒字(44・1%)と1期のみの経常赤字(9・8%)が6割を超えていた。経営難というわけではないのだ。4社のうち3社が理由として挙げたのは後継者難だった。
数学界の最高峰、アメリカのスタンフォード大学で教授たちが愛してやまない日本製品がある。ブライアン・コンラット教授が「書き心地が悪いと思考の妨げになるんだ。これはしなやかで折れにくい。まさに最高だよ」と絶賛したのは、日本製の1本30円のチョークだった。
製造していたのは名古屋市内の社員12人の会社だ。父親の代から82年間続けてきた経営者の渡辺隆康さん(72)が廃業に踏み切ったのは1年前だった。病気で体調を崩したのがきっかけだった。世界に誇るオンリーワン製品を作りながらなぜ継承できなかったのか。
社長も気付かなかった自社製品のオンリーワン需要
折れにくく滑らかに書けるチョークを作るには、材料の配合に加えて、材料を均一に混ぜる必要がある。ヒントになったのはパン製造で小麦粉を混ぜるときに使う機械だった。渡辺さんは改良を重ね、どこもまねのできないチョークに仕上げた。最盛期は年間9000万本を受注し、国内シェアの3分の1を占めるた。
渡辺さんは病気になって、まず頭に浮かんだのは後継者問題だった。3人の娘か、従業員のなかから選択するか迷った。ところが、引き継ぐべき内容を調べると、その種類と量の多さに途方に暮れた。「小さい企業だけれど、製造から営業、人事まですべて自分でやらなければならない。簡単に『やってよ』というわけにはいきませんでした」
次に浮かんだのはM&A(企業の合併・買収)だったが、会社の2年分の利益にあたる2000万円の経費が掛かると聞いて断念した。タブレット端末や電子黒板にとってかわろうとする時代に、多額の経費を使ってチョーク製造を続けることに将来性はあるのか。社員たちに退職金を渡せるうちに廃業すべきだと決断した。結局、秘蔵の設備や配合のレシピなどのノウハウを韓国の企業に売却した。
ところが、渡辺さんはいまちょっぴり心残りがあるという。一つは、12人いた社員のうち転職を果たしたのは2人だけで、残りは失業保険などで暮らしをつないでいること。もう一つは、廃業を公表した途端、皮肉にも渡辺さんのもとに会社の技術力やブランド力を高く評価するメールが殺到したのだ。「チョーク市場の大きい中国にアピールできるのではないか」というアドバイスもあった。渡辺さんは「こんなに反響があるとは思わなかったです。外から客観的に見るのと、自分で考えるのとは違いますね」と苦笑いする。