台湾の総統選挙がきょう16日(2016年1月)に行なわれている。現政権の国民党・朱立倫候補と野党民進党・蔡英文候補の一騎打ちに、世論調査は政権交代の可能性を示している。論戦のカギを 握るのは中国との距離感だ。馬英九政権の8年間で大きく進んだ中国との接近はどう評価されるのか。
街にあふれる中国人観光客に「台湾人とは違うね。思想も文化も」
08年の選挙で馬氏は「両岸がともに利益を得る起点は、経済、文化交流の正常化だ」と訴えて、総統の座を奪った。中国との融和政策では関税引き下げ、投資促進、直行定期便まで実現させ、貿易額は30%も増え、中国人観光客は13倍の400万人になった。
だが、中国の存在感と依存が高まるにつれて、「呑み込まれてしまうのではないか」という恐れが生まれた。一方で、生活はいっこうに良くならない。そうした不満が爆発したのが、2年前、若者が議会を占拠した「ひまわり運動」だった。この年の地方選挙で国民党は大敗した。
しかし、馬総統は融和政策を続け、中国は昨年1月(2015年)、福建省平潭に自由貿易港を開いて関税減免などの投資環境を整備し、台湾企業が600社も進出した。11月には初の台中首脳会談も持った。馬氏の後継を目指す朱候補は、「交流拡大こそ台湾の利益になる。できるのは国民党だけだ」と訴える。
だが、街にあふれる中国人観光客を目の当たりにした国民の多くは戸惑った。「ひまわり世代」の董?軒さん(26)は「中国人を身近に見て、自分たちとは違うと思うようになりました。文化も思想も違う。自分たちは台湾人なんだと」と言う。董さんは選挙に打ち込んでいる。「台湾の未来は自分たちで決める」
蔡候補はこうした政府に不満を持つ国民の受け皿になっているようだ。NHKのインタビューに蔡「自由と民主主義のライフスタイルを守ることが大事。台湾の最大の資産です」と語った。世論調査では朱氏の25%に対し、蔡氏は43%と大きく水を開けている。
中国との商売広げたいが、呑み込まれるのは怖い
台湾から戻ったばかりという松田康博・東大東洋文化研究所教授は、現地の空気を「平静です。最初の選挙から20年ですし、政権交代があっても3度目ですから」「蔡氏は女性なので、新たな視点で変えてくれるという期待が高まっています」と話す。
ただ、財界人には政権交代を危ぶむ声もある。経済協定に基づく優遇措置で中国への輸出を伸ばしてきたからだ。平潭の自由貿易港でネット通販をする企業家は「誰が総統になっても、台湾の外でのビジネスで共存共栄できること。それがいい政策だ」という。本音はなかなか微妙だと、松田教授はいう。
「中台関係が損なわれるのが怖い、中国との過去の合意を継承してほしいと考える一方で、中国に呑み込まれる『統一』に近いのも困る。一定程度の独自性は保ちたいというところでしょう」
政権交代となれば国民党路線は修正されるだろうが、経済界の声は無視できまい。進出した企業も後戻りはできない。松田教授は「接近の度合いはストップするだろうが、なお中国との距離をどうとるかは、日台関係にも関わります。推移を見守る必要があります」
台湾の総統選挙は恐ろしく加熱して、時に流血もあったものだが、松田教授のいうように今回はおとなしいようだ。若い人たちが真剣に自分たちの将来像を考えているのが印象的だった。選挙の結果で民主主義に自信が持てれば、あえて劇的な変化は要らないのかもしれ ない。