米軍普天間飛行場の辺野古移転問題で、ついに国が沖縄県を裁判に訴える事態になった。辺野古阻止を掲げて当選した翁長雄志知事と移転方針は変えないという政府の半年に及ぶ話し合いでも溝は埋まらなかった。返還合意から19年、先は見えない。
菅義偉官房長官が「代執行手続きを決定した」と発表したのは先月27日(2015年10月)だった。「沖縄県の承認取り消しは違法だ」というのだ。県も想定していたが決定は早かった。県も対抗する構えだが、その間も工事は続けられる。
翁長知事も訴訟準備
対立点は明白だ。4月に菅官房長官は翁長知事と初めて会談した。「普天間の危険除去を急ぐ」「米との信頼関係」「日米同盟の抑止力を維持する必要」を説く菅氏に、翁長氏は沖縄戦に始まる苦難の歴史から説いた。米軍基地の74%が沖縄に集中するなか、「沖縄の危険除去を沖縄に負担しろというのは、日本政治の堕落ではないか」とまでいった。
知事は5月にアメリカに出かけて議会関係者らに訴えた。ジョン・マケイン上院議員ら多くは「辺野古が唯一の解決策だ」との立場だった。アメリカは「すでに解決済みの過去の問題」と捉えていた。仲井眞弘多・前知事の埋立承認は沖縄の同意ではないかというわけである。
政府は8月に新たな手を打った。北部の村長たちを官邸に招いて、世界自然遺産への登録と地域振興策を約束した。辺野古に反対する県と名護市を通さず、辺野古を含む地区長も招いて直接の財政支援をもちかけた。辺野古の住民からは期待する声もあがっている。ある商店主は今は見る影もない建物を指して、「これがナンバーワンのレストランでした」という。かつて基地があったときは米兵でにぎわったものだと。「振興を条件に受け入れはやむをえないのではないか」
こうしたなか、翁長知事は辺野古沖埋立承認を取り消した。いま裁判の準備を進める。知事の権限(埋立承認・取り消し)と地元の声を尊重するよう訴えるという。「強制代執行はかつての銃剣とブルドーザーによる強制接収を思い起こさせます。沖縄の誇りや尊厳にかかわる」
自民党候補が当選しない沖縄はもういらない?
政府の提訴をNHK政治部の高橋佳伸記者は「方針は変わらないという覚悟を示したものです。これが唯一の解決策だという意思表示です」という。一方、沖縄局の中村雄一郎記者は「これだけ反対しているのにと、県民は反発や怒りを通り越してやるせなさを感じています」という。
翁長知事を選んだ県民の中にも温度差はある。このままでは普天間の固定化に つながるという懸念と地域振興の財政支援策に頼りたいという気持ちも強い。専門家も意見は分かれる。
「本当に県民のため、国民全体のためになるのか、(翁長氏は)もう一度考えてほしい。外国にどういうメッセージになるか。ただ、基地の本土移転も考える必要がある」(外交評論家・宮家邦彦氏)
「基地の必要があるのか。海兵隊の必要性にまで立ち返って、基地を考える必要がある。辺野古移転を強行すれば、沖縄と米、沖縄と日本政府との間が悪化する」(流通経済大教授・植村秀樹氏)
沖縄の中村記者は「沖縄には、70年間(本土と)共通の理解を築くことができなかったという思いがあります。全国で(基地を)分かち合ってもらいたいというのが切実な声なのです」と伝える。
昨秋の知事選で当選後、翁長知事が挨拶のために上京したが、安倍首相も菅官房長官も会おうとしなかった。あきれた。自民党が全国で圧勝した前回衆院選でも、沖縄では全敗だった。結果を出したのは同じ県民である。
首相も官房長官もこの現実を認めたくないらしい。米政府との約束と住民の意思とどちらを取るべきか。アメリカでもし同じことが起こったとき、ホワイトハウスがどうするか。一度、聞いてみるがいい。