鬼怒川の堤防決壊による茨城県常総市の水害では、きょう14日朝(2015年9月)に時点で死者7人、行方不明15人の犠牲が出た。自力で避難できた人と逃げ遅れた人の違いはどこにあったのか。避難指示や避難勧告を待っていてはだめといわれるが、逃げるべきかどうかどこで判断すればいいのか。
「大丈夫だろうと思っていたら、あっという間に1階水没」
茨城・三坂町三坂新田地区に住む神宮定市さんは、前日(9月10日朝6時)の雨で氾濫危険水域を超えていたが、道路に足首が浸かる程度の浸水で、「ここの土地は低いから水が出るのはよくあること」と思っていた。
午後1時、鬼怒川の堤防が決壊した。「水はアッという間に玄関から入って、腹部まで浸かり、あわててテレビを2階に上げて、家族も2階に避難しました。最後は屋根に上ってタオルを振って、5時半にヘリコプターで救出されました。私の家は30年前の小貝川の氾濫でも水が浸からなかったので、大丈夫と思っていたので避難しようとは思っていなかった。甘かったです」と神宮さんは話す。
鬼怒川から3キロ東、国道294号線近くの柴正博さん・千代子さん夫婦もヘリコプターで救出された。「高速道路の工事をしていた人たちはすぐに逃げました。でも地元の私達はここまで水が来ることはないだろうと思って。地元の人間の方が警戒していなかったんです」(妻・千代子さん)
判断誤らせる「今まで何もなかったから・・・」
一方、石川幹夫さんは避難した。「午前中に仕事を止めて自宅に戻ると水位は7・9メートルと2メートルも上昇していました。その時、消防の人が『堤防が切れた。逃げろ』と言ってくれたんです。車に荷物を運んで、そのまま走りました。日頃から防災の地区リーダーやっていたし、大震災の話も聞いていたので、自分の身を防ぐのは自分が、と思っていました」
静岡大学防災センター・牛山素行教授は言う。「近くに住んでいれば、山や川が普段の姿とは違うことがわかるはずです。これはおかしいと。その判断が危機を防止する一歩なんです。
市町村が出す『避難準備情報』や『避難勧告』、最終的には一番強い『避難指示』も出たり出なかったりです。情報はキチンと聞くべきですが、判断は個々人の物です。とくに、今まで何もなかったので大丈夫は一番よくない判断だと肝に銘ずべきです」
(磯G)