高校ソフトボール部のキャプテンとマネジャー
高校のソフトボール部でいくよはキャプテン、くるよはマネジャーだった。卒業後、いくよはOLになったが、くるよは漫才の今喜多代に入門する。1973年にいくよを引っぱりこんで漫才コンビを結成した。以来42年だ。
長いこと鳴かず飛ばずだったが、くるよが太目のお腹をたたいたギャグが受けて人気上昇。81年の「花王名人大賞・最優秀新人賞」「上方お笑い大賞・金賞」を皮切りに数々の賞を受け、折からの漫才ブームの頂点に立った。
09年にはくるよが心臓病でステージで倒れ、この時はいくよが介護した。
司会の羽鳥慎一「徹子の部屋がわずか3か月前で、おどろきました」
赤江珠緒キャスター「お笑いの世界でも、仲のいいお2人でした」
長嶋一茂(スポーツプロデューサー)「痛みを感じたときはかなり進行しているといいますね」
吉永みち子(作家)「わかってみると、相当しんどかっただろうなと思いますね。それでも仕事があるというのはすばらしい。舞台があるから生きるエネル ギーにもなったんでしょうが、これからくるよさん、寂しいだろうな」
羽鳥「声のかけようがないですよ」
文
ヤンヤン| 似顔絵 池田マコト