先週の17日(2014年10月)、沖縄・宮古島で自損の死亡事故があった。死んだのはサッカーの元日本代表だった奥大介さん(38)。カーブで対向車線にはみ出し電柱に衝突した。ブレーキ痕もなかったという。奥はなぜ宮古島なんかにいたのか。
攻撃的MFが築いたジュビロ磐田の黄金時代
18日の三ツ沢球技場では奥の死を悼んで黙祷が捧げられた。メインボードに追悼の言葉が出た。「黙祷 大ちゃん、ゆっくり眠ってください。ありがとう。安らかに...ご冥福をお祈りします。YOKOHAMA FC」
ファンも驚く。「本当にショックでしたね。宮古島にいたんだあって感じで」「知らなかった」。たしかに誰も知らなかった。孤独な死。しかも38歳という若さだ。
1994年にJリーグのジュビロ磐田に入団。攻撃型MFとしてゴールを重ね、ジュビロの黄金時代を支えた。のちに横浜マリノス、横浜FCに移り、Jリーグのベストイレブンに3回選出された。日本代表にも選ばれ、26試合で2得点をあげ、2007年に引退した。
再び注目されたのはサッカーとはまったく別の話だった。昨年6月(2013年)、妻の女優・佐伯日菜子さんを脅迫した疑いで逮捕されたのだ。妻への家庭内暴力も明るみに出た。離婚を条件に佐伯さんが被害届を取り下げ、起訴猶予処分となった。以来、奥は表舞台から姿を消した。
第2の夢「宮古島で料理の店出したい」
奥は今年8月から宮古島の友人宅に身を寄せていた。同居していた政次由宇さんによると、奥は「宮古島の海を見ていると何もかも忘れるといっていた」という。白い砂浜、エメラルドの海の島で新たな生活のスタートを切ろうとしていた。
宮古島へ来たのは料理を集中してやるためだった。宮古島に住んで店を出したいという希望があって、政次さんが板前を務めるホテルのレストランで調理補助のアルバイトを始めたところだった。以前から料理は大好きだったという。政次さんは「気を使わないでくれ。体もしっかり作って仕事もしっかりして、心配をかけた人たちに恩返しの気持ちで頑張るといっていた」と話す。
20年来の友人という松田泰成さんは「お金に困っているという報道も一時ありましたが、そんなんじゃなく、ただ自分が働く、時給がなんぼとか、そういうのをもう1度してみたいとチャレンジしていた」という。
元妻の佐伯さんは「大変驚いています。離婚も成立していますので、コメントは差し控えさせていただきます。子どもたちのこともあり、静かに見守っていただければ」とのコメントを出した。
司会の小倉智昭「ジュビロで活躍していた頃はいい選手だったんですが、宮古島で自分で軽自動車を運転していて電柱にぶつかったの」
事故の直前に1時間半ほどトレーニングをしていたという。事故の詳細はよくわかっていない。おととい19日にはハーフマラソンに出る予定だった。
小倉「そのゼッケンをつけて走ったファンがいたそうですね」