私は小説雑誌をやったことはないが小説を読むのは好きだ。週刊誌のような雑駁なものをやっていたのに意外と思われるかもしれないが、純文学系をよく読む。芥川賞受賞作はだいたい読んでいるが、ここ10年ぐらいだろうか、深い感動に打ち震えるような作品に出会うことは希である。今回の柴崎友香の「春の庭」も、読み終わってなぜこの作品が受賞したのかわからないので「芥川賞選評」を読み直したぐらいである。
話は単純だ。各部屋に干支が付けられた古いアパートの住人たちと、その前にある豪邸に住んでいた有名人夫婦が残した家の写真集をめぐる物語である。ストーリーにさほどの工夫があるわけでもなく、はっとさせられる表現や描写があるわけでもない。それは山田詠美が取り上げているこの描写でわかるかもしれない。
「時折、屋根や木の枝から雪が落ちる音が聞こえた。音が重さそのものだった。白い結晶の塊は、温度を吸い取っていった」
音が重さそのものというところが芥川賞っぽいが、私には既視感があって素直に読めなかった。
奥泉光がこの作品を「作品の狙いは或る程度理解できたものの、当の狙いがいまひとつ実現できていない印象をもった」という評価をし、小川洋子は柴崎が書くべきものを確かにつかんでいるが、「それを掌の肉に食い込むまで強く握りしめている。その痛みを決してこちらに見せようとしない柴崎さんの粘り強さに、祝福を送りたい」という訳のわからない書き方をしていることから見ても、賞にふさわしい作品だとみんなが考えていたわけではないだろう。
実際、3作品が残り、最後まで決まらず、村上龍のように「わたしは、三作品いずれも評価できなかった」という選者もいた。ならば該当作なしにすればいいものを、出版社の都合で(文藝春秋だけではない)受賞作を出さなければならないから『妥協の産物』が生まれてしまうのではないか。
失礼だが選者の人選もあるだろう。いろいろいわれたが石原慎太郎は毎回難癖を付けてはいたが、選評を読むと頷けるところが多かった。だが、いまの選者たちの多くは石原ほどの目をもっているのか、疑問である。
柄にもないことを書き連ねてしまったことをお許し願いたい。これも芥川賞を愛すればこそである。
私のテクに感じて「気持ちいい」って言ってくれるのが嬉しくて、やりがい感じる
私の吉永小百合が主演兼共同プロデューサーを務めた映画「ふしぎな岬の物語」でモントリオール映画祭審査員特別グランプリに輝いた。『週刊文春』のグラビアに嬉しそうな小百合が出ている、目出度い。
小百合の不幸は岡田某と結婚以来、これといった作品がないことである。何十周年記念という謳い文句の映画に出てはいるが、どれもこれも代表作とはいい難い。今度の作品は本選びから彼女が関わっているそうだから、少しは期待できるかもしれない。
『週刊ポスト』は高学歴の風俗嬢が増えているという話をやっている。それほど珍しいとは思えないが「酒飲み話のネタ」ぐらいにはなる。日本の風俗嬢に詳しい中村淳彦氏が、90年代にも風俗で働く女子大生はいたが、彼女たちはブランド品や遊び代を稼ぐために働いていた。いまは学費や生活費を稼ぐために働くのが多いという。女子大生哀史のような話かと思ったら、当人たちはあっけらかんとしている。背景には、地方から出てきている女子大生の親からの仕送りが1996年は月平均10万円強だったのが、2013年には7万円強に減っていることがあるそうだ。
早稲田大学法学部4年、23歳の娘はソープで働いている。弁護士を目指している彼女はキャバクラで働いていたが、しゃべって飲んでという仕事に疲れたという。そこでキャバクラの5倍稼げるソープに移った。<「お客さんが私のテクに感じて『気持ちいい』って言ってくれるのが嬉しくて、やりがいを感じるようになりました」>
興味深いのは、この特集の中に早稲田大学の現役が2人、上智大学の現役と卒業生2人がいることだ。早稲田は人数が多いから風俗で働く女性も多いのはわかるが、上智に多いのはなぜか。私は上智大学で教えていたことがあるが、学内は女子アナ志望とおぼしき女性たちが大勢闊歩している。恐らく派手さでいえば青山学院大学と双璧をなすのではないか。もちろん、だから風俗へ入る女性が多いというわけではないが、私から見て、あれだけの服装をするのはカネがかかるだろうなとため息をついたものだった。
一度、学校別風俗嬢ランキングでもやってくれないかね。どこの女子大生がテクニックがうまいとか、美人度が高いとか。