原子力規制委員会が年内にも再稼働の合格通知を出す九州電力・川内原発で、住民の避難計画の作成を義務づけられた自治体が悲鳴を上げている。計画を作ってはみたものの、実効性を検証すると数々の不備が露呈しているのだ。
IATA(国際原子力機関)は原発事故に対する安全基準を5段階に定めている。トラブル防止→事故の進展防止→重大事故への拡大防止→放射性物質の放出抑制→人への被害抑制(防災・避難)だ。原子力規制委が原発再稼働の審査対象にしているのは放射性物質の放出抑制までで、肝心な人への被害抑制、防災・避難計画は含まれていない。
国も避難計画に助言はするが、実効性を確保するための審査などの仕組みはなく、原発から30キロ圏内の自治体に避難計画を義務付け丸投げしただけだ。福島原発事故以前は、避難計画が義務づけられていたのは原発周囲10キロ圏内の自治体だったが、事故後は30キロに広げ、それまで求められていなかった避難経路の策定も新たに求めている。自治体の負担は大きい。
30キロ圏「いちき串木野市」住民の半数が再稼働反対署名
まず、音をあげたのは川内原発の立地自治体である薩摩川内市だ。対象の住民は以前の2倍にあたる10万人に増え、大幅な見直しを迫られた市は避難経路を570ある自治会ごとに細かく決めた。
ところが、7月末(2014年)に市議会議員たちがこの経路を検証したところ、不備が次々と明らかになった。福島原発事故では津波で寸断され使い物にならなかった海岸沿いの道が、唯一避難できる経路になっていたのだ。市では対策として道路のかさ上げを検討するとしているが、住民は「事故があったら直ちに被ばくだ」と不安は募る。
原発事故の最大の課題は放射性物質から住民をいかに守るか。薩摩川内市は住民がどれほど被ばくしたかを検査するスクリーニングの機材を42台から368台に増やした。しかし、混乱が生じない検査の場所がないことや人材の不足から、実際に事故が起きた時に誰がどこで検査するかは決まっていない。福島原発事故の避難者のうち1万人を対象におこなったアンケート調査では、混乱の中で3分の1の住民が検査を受けられなかったことが判明している。
川内原発から30キロ圏内にあり、初めて避難計画の作成を迫られたいちき串木野市では別の難題を抱え、国への不満を募らせている。九州電力は再稼働への同意を立地自治体である薩摩川内市と鹿児島県には求めるが、隣接するいちき串木野市は避難計画の作成を義務づけられているものの、同意は求められていないのだ。
住民に安全に避難できないのではないかという不安から再稼働へ反対が広がり、全人口の半数を超える1万5464人の反対署名が集まった。しかし、そうした住民の意見を反映させる手段がないのが現実だ。田畑誠一市長は「30キロ圏内の人はリスクを負っている。意見を申し上げる仕組みを整えてもらいたい」と、法的仕組みのないことへの不満を訴えている。
アメリカでは連邦政府と州政府が2年ごとに避難計画チェック
取材したNHK科学文化部の大崎洋一郎記者によると、アメリカは避難計画の実効性を確保するため国が審査する仕組みが整っていると報告した。全米で最も多い11基の原発があるイリノイ州には緊急事態管理庁が設置され、放射線防護などの博士号を持つ専門家が200人もいて対応にあたっている。
州が策定した避難計画は2年ごとに米連邦緊急事態管理庁が査定することになっており、4段階で評価されて不合格と判断されれば稼働できなくなる場合がある。州緊急事態管理庁原子力安全部門のケイ・フォスター局長は「国や州が一緒になって連携しなければ住民避難はうまくいかない」と指摘している。住民の安全重視の意識の違いか、国力の違いなのか羨ましい限りだ。
国谷裕子キャスターが「避難計画を義務付けられたものの、地元の同意を得る仕組み無視されているわけですが、これどう見ますか」と、地方自治に詳しい北海道大大学院の宮脇淳教授に聞く「これは非常に重い問題だと思います。これまでの原発行政は、新たな原発を作るというところに中心が置かれ国が展開してきた。今回の福島の事故のように、防災の制度設計はまだまだ未成熟な状態で、その未成熟な中で避難計画を作成しなければならない限界を自治体は感じているのだと思います」
国谷「実効性ある避難計画を作るためには、国はどんな役割を担うべきなのでしょうか」
宮脇教授「住民の生命を守ることが大前提になります。国が画一的にマニュアルを示し、それをベースに避難計画の考えろと言われても、自治体側の体力には限界があります。地域ごとの特性に合わせてボトムアップし、国が専門的な面を含め、助言し責任をもってより良いものにする姿勢が必要です」
モンブラン
*NHKクローズアップ現代(2014年8月27日放送「原発事故 住民の安全どう守る」)