<「生み終えた後、子供たちはすぐに私から引き離され、一度も顔を合わせることはありませんでした。最初から、父親だけではなく、卵子の提供者も教えてもらえませんでした。出産後に看護婦が『産まれたのは日本人と白人のハーフだった』とこっそり教えてくれました」>
8月5日(2014年8月)、タイ・バンコクのコンドミニアムで生後間もない9人の乳幼児が保護された。どの子供も1人の日本人男性がタイの代理母に産ませた子供だと判明し、タイの国家警察が捜査に乗り出して大きな騒ぎになっている。
冒頭のコメントは『週刊文春』の中にある代理母の一人で、男女の双子を産んだアナンヤー・ペンさんである。このほかにも7人の子供がおり、そのうち4人はすでに国外に出ているそうだ。この事件の抱える問題の大きさは週刊文春、『週刊新潮』がともに巻頭で特集を組んでいることでもわかる。
タイ警察はこの男性が事情聴取に応じなかったため、名前や生年月日を公表し、この男性が重田光時氏(24)と判明した。彼の父親は重田康光氏(49)で、IT企業大手「光通信」の創業者である。週刊文春によれば「光通信」は携帯電話の販売代理店からスタートした会社で、浮き沈みはあったが、現在はグループ会社200社以上を抱え、連結の売り上げは5600億円あるという。
光時氏は長男で、「光通信」の株などを持ち、資産は100億円を優に超えるといわれる。独身の大金持ちがなぜ代理出産で多くの子供を産ませたのか。光時氏は相続税対策などといい訳しているようだが、そんな説明で納得する者はいないだろう。
週刊新潮は、警察が踏み込んだとき子供の世話をしていた27歳の女性がいて、「この子らの母親です」と答えたと報じている。光時氏の彼女と思われるが、「実は彼女、もともとは男性で、最近性転換手術を受け、女性になった人物なのです」と地元メディアの記者が話している。
しかし、同性婚で子供をつくれないからといって、何十人も代理出産させるというのはありえない話だろう。しかも、代理出産にあたって、光時氏は女性側にさまざまな条件を出しているのだ。先のアナンヤー・ペンさんがこう語る。
<「クリニックの担当者から、胎児の発育状況や健康状態にかかわらず、『お産は九ヵ月目に帝王切開で行う』と言われました。また、『胎児に障害や、健康状態に少しでも異常が見られるようなら即刻中絶してもらう』とも言われました」>
タイのほかインドでも2人産ませたという情報もある。光時氏は女の子はいらなかったようだ。男の子の名前にはすべて「ミツ」という発音が入っているそうだが、女の子には入っていない。
代理出産してくれた女性には約100万円近く払われたそうだから、現時点でも6000万円以上が使われていることになるという。光時氏に代理母を2人紹介した女性が昨年8月、バンコクの日本大使館にメールを送り、こう警告していたと週刊文春が報じている。
<彼は「毎年十人から十五人の子供が欲しい」と言っており、百人~千人もの子供を作ろうと計画しているようです」>
ヒトラーの「生命の泉」計画まねた!?自分の遺伝子継承させて『帝国』作りたい
謎を解く鍵になるかも知れない情報がある。週刊文春は父親・康光氏の高校時代の愛読書がヒットラーの「わが闘争」で、彼の会社はさながら重田教のように重田会長を神様のようにあがめていると元社員が語っている。
両親もカンボジアにある光時氏の隠れ家を何度か訪れ、母親が赤ちゃんを抱きしめてキスしていたと報じているから、光時氏が独断でやっているのではないようである。代理出産というやり方で「重田帝国」を築くつもりなのだろうか。
週刊新潮で精神科医の町沢静夫氏がこう分析している。<「この人物は、斡旋業者に(中略)、自分の遺伝子を多く残すことが社会にとって善だという主旨の話もしています。(中略)この発想から、『生命の泉』計画など、優性思想に基づいて優秀なアーリア人をどんどん増やし、ドイツ民族の繁栄と純血を守ろうと、ナチス・ドイツのヒトラーが行った一連の政策に通じるものがあると思わざるを得ませんでした」>
「生命の泉」計画とは、ナチス親衛隊長官だったヒムラーが、優秀な親衛隊隊員とドイツ女性をカップリングし、生まれた子供はすぐ母親から引き離し「子供の家」で育てたことをいう。この計画によって4万人の子供が『生産』されたといわれているそうだ。
私もこの話を聞いて「ブラジルから来た少年」という映画を思い浮かべた。ブラジルでヒトラーのクローンを現代に再生させようと企む科学者と、それを阻止しようとするナチ・ハンターのユダヤ人との闘争を描く、アイラ・レヴィン原作の映画化である。
光時氏は精子を保存冷凍する機械を設置したいと話していたという。豊富な資金があれば、彼の死後も保存された精子で代理出産を続け、念願の子孫を1000人にすることも不可能ではない。その子供たちが成長して結婚し、子供をつくれば100年後には……。
光時氏たちがそう考えているのか、現時点ではわからない。だが、科学の進歩は生命倫理の枠を一気に超えてしまうかもしれないのである。週刊文春は<女性を「産む機械」のように使う光時氏は、生命倫理を冒涜しているとしか思えない>と難じているが、重いテーマがわれわれに突きつけられた事件であることは間違いない。