厚生労働省は今月(2014年7月)、精神科病院の病床の削減を決定した。長期入院患者を退院させて地域で暮らす政策を進める。ただ、退院で空いた病床を退院患者の居住施設とすることを認めたために、患者や支援団体から強い抗議の声が上がっている。「自分らしく地域で暮らしたい」「病院は治療するところ。家じゃない」というわけだ。
うつ病や統合失調症など精神疾患の患者に、日本は長いこと隔離収容政策をとってきた。このため、入院患者数は先進国の中でも飛び抜けて多い。現在約32万人、1年以上が7割近く20万人もいる。平均入院日数は先進国平均の30日に対して290日と10倍近い。医療上必要性が低いにもかかわらず、10 年以上という人も少なくない。
政府は2004年に患者を入院から地域生活に振り向ける改革ビジョンを打ち出していた。入院治療の必要がない患者が7万2000人もいた。「10年でこれをゼロにする」とした。ところが、10年経って進展はほとんどない。「病院経営」と「社会の偏見」が大きなかべだった。
長期化で退院意欲失う「施設症」、公的医療費目当てで患者抱え込む病院
時男さん(63)は40年も入院生活を送っていたが、東日本大震災で施設が被災し、思いもかけず1年半前に退院になった。ときどき居酒屋に顔を出す。女将さんは「草刈正雄に似てるでしょう」という。たしかに渋くていい男だ。飲み仲間は「精神病だと思ってないから」とみなやさしい。
時男さんは16歳で上京して働き始めたが、人間関係のストレスから妄想に襲われるようになり、統合失調症と診断されて都内の精神病院に入院した。鉄格子の大部屋で、体を拘束されることもある劣悪な環境だった。数年後、故郷の病院に移され、症状も安定して病院の厨房で働いた。
規則正しい毎日で、退院の希望もわいた。が、かなわなかった。退院は家族の受け入れが原則になっていて、周囲の差別や偏見から家族が受け入れなかったのだ。30年経ったとき、ただ1人面会に来てくれていた父親が他界して、時男さんは退院の意欲を失った。
「もうあきらめた。一生入ってるんだなと」
そして東日本大震災。避難生活のなかで、理解ある仲間たちにめぐりあった。残された時間を自由に生きたいという。「地震がなかったら、いまも入院していたでしょうね」
精神科医の伊藤哲寛氏は退院意欲を失うことを「施設症」と呼ぶ。「責任はそういう処遇をしてきた病院、医療関係者にある。時男さんより症状の悪い人でも地域で生活できてます」と病院内居住に否定的だ。
精神科病院には入院患者1人当たり年500万円の医療費が出る。退院させるとこれがなくなる。「精神科病院は9割が民間なんです。病床をはずすと経営が成り立たなくなる。この構造をどう変えるか。報酬の仕組みを変えて、病床を減らした病院が良くなるようにしないといけない」と伊藤氏はいう。