長かったデフレによる景気後退からようやく抜け出しつつあるのだろうか。人手不足が深刻になっている。お中元シーズンを目前に控えた郵便局ではパート従業員の確保が難しくなっており、自動車部品メーカーでは生産を支えてきた派遣社員の間に時給のいい職種への鞍替えが相次いでいる。
これまで企業は過剰人員をリストラし、人件費が安く、柔軟に雇用調整ができるパートや派遣社員など非正規従業員を拡大して景気低迷に対応してきた。それがここにきて、有効求人倍率は昨年(2013年)11月に6年ぶりに1倍を超えるなど様変わりとなっているのだ。
お中元仕分け要員確保できない郵便局
深刻な人手不足に直面しているのは、非正規従業員に依存してきた外食、建築、介護で、さらに製造業、サービス業にも広がっている。千葉市幕張地区では国内最大級のショッピングモールが昨年12月にオープンしたほか、大型物流センターも建設された。これによって求人も一気に加速した。人手確保のため、幕張を含む千葉市のパート・アルバイトの時給は1年前の941円から1021円と80円もハネ上がった。
幕張地区から10キロほど離れた千葉中央郵便局にも影響が及んでいる。お中元の配達ピークを迎える7月を前に、仕分けを担当するパート従業員を100人以上雇用する計画を立てているがメドは立っていない。担当の早瀬光夫総務部長が自ら陣頭に立って求人募集のチラシを配り、一軒一軒「お願いします」と頭を下げて回っているが、配ったチラシ4000枚のうち応募があったのはわずか10人だった。理由の一つが時給の低さ。800円と周辺の相場よりも200円は下回っている。予算の制約から、地域の事情に合わせて時給を引き上げるのが難しいという。
こうした人手不足は製造業にも広がっている。埼玉県入間市で自動車シートの製造を行っている「タチコス」では、働き始めて1週間目の派遣社員から「自分には無理でやめる」と連絡が入った。時給は1200円以上で、周辺と比べても決して低くはない。人事担当の岩石徹常務は「組み立てラインの作業なのでハードなところがあるとは思うけど…。今の状況が続けば何らかの手を打たなければならない」と頭を抱える。要員不足を正規社員がやり繰りし補うだけでなく、次々に入れ替わる派遣社員にそのつど仕事の手順を教える作業が加わり、正社員の負担が限界にきているからだ。
人材確保の見直しにいち早く手を打ったのが衣料品チェーン「ユニクロ」を経営するファーストリティリングだ。これまで各店舗で1割の正社員に大きな責任がかぶさり、高い離職率の要因になっていた。そこで従業員の90%を占めるパート従業員の大幅な正社員化を進めている。新たに導入された地域正社員制度は、転勤がなく、短時間勤務も可能なことからモチベーションが上がると好評のようだ。会社はこの新規制度で人件費が20%アップになると見積もっているが、優秀な人材に長く勤務してもらうことで、新人の育成に必要な費用や時間が節約できるのでプラスと踏んでいる。
「非正規従業員」使い捨てにしてきたツケ
日本総合研究所の山田久調査部長は、人手不足の実情をこう説明する。「3か月おきに出る日銀の短観では、全体で見るとどんどん人手不足感が強まっています。ただ、小売業、建設業、サービス業でかなり不足感が強い半面、大企業の製造業ではまだ人が余っておりバラツキがあります」
国谷裕子キャスター「安い賃金で働いてもらうことを前提にビジネスモデルを組み立てていたのを、定着に重きを置かなければならなくなったわけですが、どういうマネジメントの仕方、どういう人材の使い方をすべきだと考えますか」
山田部長「人手不足といいながら、失業率は3%で過去から見るとまだ高いんです。非正規社員として働き続けた結果として、十分に能力育成されていない面があります。能力育成に取り組み始めているところもありますが、余裕があるところはできても、全部ができるわけではありません。政府がサポートし、社会全体で能力育成に取り組む必要があります。今がチャンスでしょう」
企業はローコストオペレーションとかで都合のいいように非正規社員を使ってきた。産業界も労働組合も使い捨てではなく、非正規社員の能力育成にどう取り組むか今後の課題だろう。
一方、今は日銀の超金融緩和の中での景気回復で、これが新成長戦略に結びつくかどうかはこれからだ。来年には10%の消費増税が待ち構えている。これから人件費を中心にコストが上がっていく中で、人材戦略を見直し、どう利益を上げていくか、経営者の手腕が問われることは間違いない。
モンブラン
*NHKクローズアップ現代(2014年6月11日放送「シリーズ 人手不足ショック(1) 見直し迫られる企業の戦略」)