朝日新聞スクープ「吉田調書」福島原発の9割逃げ出した―印象誘導なかったか…
ところで、週刊ポストの「朝日新聞『吉田調書』スクープは従軍慰安婦虚報と同じだ」には考えさせられた。朝日新聞がスクープした福島第一原発・吉田昌郎所長の「調書」だが、この報道の仕方がおかしいとノンフィクション作家の門田隆将氏が書いている。このタイトル通りだと私は思わないが、たしかに指摘される問題点もあると思う。
5月20日付朝日新聞で木村英昭記者はこう書いている。<東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた>
これを読んで私も、なんだ韓国のセウォル号と同じじゃないかという感想を持った。このスクープを受けて外国の新聞や通信社は「福島原発の作業員は危機のさなかに逃げ去った」(英・BBC)などと報じた。韓国のエコノミックレビューもこう書いた。「福島原発事故は日本版セウォル号だった!職員90%が無断脱出…初期対応できず」
しかし、門田氏は<肝心の当の朝日新聞の記事には、調書の中で「自分の命令」に違反して「職員の9割」が「福島第二原発に逃げた」という吉田氏の発言はどこにも存在しない>といっている。
もう1度吉田調書を読み直すと、吉田所長はあの当時、たしかに福島第二(2F)へ行けとはいっていない。「線量の低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」とある。だが、その後に、みんなが2Fに行ったことを知って吉田所長はこう述べているのだ。
「確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」
門田氏は<朝日新聞にかかれば、これが「命令違反による退避」ということになるのである。その根拠の薄弱さと歪みについては、もはや言うべき言葉がない>と憤っている。
たしかに、命令とは違った行動を東電職員たちがとったことは間違いないが、吉田所長も「伝言ゲーム」のように、吉田所長の伝言を受けた人間が「運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです」と話している。吉田氏は生前、門田氏のインタビューに「あのままいけば事故の規模はチェルノブイリの10倍になっていただろう」と語ったという。それほど絶望的な状況で吉田氏は一緒に死んでくれる人間について考えていたという。吉田氏は門田氏にこう話した。
「それは誰に『一緒に死んでもらおうか』ということになりますわね。こいつも一緒に死んでもらうことになる、こいつも、こいつもって、顔が浮かんできましたね」
その結果、残ったのが外国メディアが報じた「フクシマ・フィフティ(実際の数は69人だった)」だったという。しかし、朝日新聞の報道によれば、「吉田自身も含め69人が福島第一原発にとどまったのは、所員らが所長の命令に反して福島第二原発に行ってしまった結果に過ぎない」ということになるではないかと門田氏は批判する。
<東電が憎ければ、現場で命をかけて闘った人たちも朝日は「憎くてたまらない」のだろう>(門田氏)
門田氏の取材に対して朝日新聞広報部はこう答えている。<「吉田氏が『第二原発への撤退』ではなく、『高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第一原発構内での待機』を命令したことは記事で示した通りです」>
だが、それに加えて、<「事実と異なる記事を掲載して、当社の名誉・信用を傷つけた場合、断固たる措置をとらざるを得ないことを申し添えます」>とあるのは門田氏ならずともいただけない。
韓国のセウォル号事故が世界中から非難を受けているときに、福島第一原発事故当時も、所長の命令を聞かず「現場を逃げ出したのが9割もいた」と読者に思い込ませる記事の書き方は、東電お前もかと思わせる方向へ『誘導』した記事だと指摘されても致し方ないかもしれない。
大混乱した現場で、吉田氏自身も事故処理をどうしていいかわからなかった。そのような状態の中で命令がうまく伝わらなかったのだ。しかし、結果的には吉田氏も「正しい判断だった」と認めている。平時のときなら「吉田氏の待機命令に違反」という書き方はあり得るかもしれないが、この場合はどうなのか。
新聞の影響力はまだまだ強い。私も東電首脳たちの事故対応や責任の取り方には大いに不信感を持っているが、吉田所長をはじめとする事故現場に残った人たちの努力は評価している。福島第一原発事故当時、東電の職員の9割(門田氏によればこの中には総務や人事、広報、女性社員の『非戦闘員』も多くいたという)が所長のいうことを聞かず逃げ出したという「印象」を作りだし、それが一人歩きしてしまうことの『怖さ』を朝日新聞はどう考えているのか、今一度聞いてみたいものである。