中高年に覚せい剤汚染が広がっている。人気歌手のASKA(56)、福岡では小学校の校長(57)、神奈川県警の巡査部長(40)…。逮捕者には医師、官僚、自治体職員、バス運転手などあらゆる職業及んでいる。社会的地位も高い彼らがなぜ手を染めるのか。
福岡の小学校長だった松原郁弘は50歳で校長になったエリートだった。真面目、教育熱心と評判で、「校長だより」を1学期だけで19回も出すほど精力的に学校運営に当たっていた。変わったのは4年前の人事異動だ。彼は左遷と感じた。ネットである男から「気分が良くなる」といわれ、覚せい剤と知らず何かの薬だろうと軽い気持ちで手を出した。夜も眠らずにすみ、大量の仕事が一気に片付いた。やがて覚せい剤とわかったが、もう後戻りできなかったという。
つけ込まれる「仕事の行き詰まり」「人間関係の悩み」
覚せい剤の検挙者を年齢別に見ると、40代、50代は平成9年には2割余りだったのが、平成25年には半数を超えた。初犯年齢を見ると、過去5年で20代が劇的に減っている一方で、中高年が増え、昨年は1500人近くになった。中高年の多くは人間関係や仕事の悩みが背景にある。密売者はここをねらう。
中高年は金があるうえに口が堅く、秘密が漏れるリスクが低い。中高年が集まる飲食店が狙い目だ。店長を巻き込む。店長を売人にすることもあれば、客として偶然を装って近づくこともある。もうひとつがネットである。厚労省の麻薬取締部がウォッチする画面には、「よい品質を心がけております」「地方発送可能」「ただいま値下げタイム」などの文言が並ぶ。「白」「アイス」が覚せい剤を指す。ネット関係の検挙者の45%が中高年だ。
いま、覚せい剤は世界中から日本へ向かう傾向があるという。押収量は昨年初めて800キログラムを超えた。その前の4年間は300キログラム台だった。若者世代が覚せい剤から離れていくなか、これらが中高年へ流れるのを取締当局は警戒する。
そうした実態に詳しい国立精神・神経医療研究センターの和田清・薬物依存研究部長は、「覚せい剤患者の90%は30歳前に経験しています。止めてまた手を出しの繰り返しで、止めきれずに中高年になったと見る方が妥当」という。
なぜ止められないのか。「それが薬物依存の怖さ。脳の働きがおかしくなっている」という。「脳内報酬系」は誉められたり褒美をもらって喜びを感ずるところだ。この喜びを努力なしで得られる。これが覚せい剤だ。
和田氏は「脳が命令を出すようになった患者がある」という。思い悩んだ末、もう止めようと覚せい剤をゴミ箱に捨てた。とたんに左手がゴミ箱をあさっていたという。怖い話だ。