2年前、シャープへの出資交渉で話題になった台湾の巨大企業「鴻海」が密かに進めているプロジェクトがある。次世代ディスプレイの有機ELディスプレイの量産化だ。そのプロジェクトチームに日本のベテラン技術者たちが集まり、世界のどのメーカーも完成させていない技術に挑んでいる。
チームのリーダーはシャープで開発の第一線にいた技術者で、活躍の舞台をアジアに広げ、夢を実現させようとしている。日本のモノづくりの弱体化を招くという声もあるが、日本企業はこの次世代ディスプレイから撤退しており、嘆いても始まらない。こうした動きは今後も加速するとみられている。
プロジェクトリーダーはシャープ元工場責任者「使命やと思っています。ぜひ期待に応えたい」
鴻海は従業員120万人を擁し、年商13兆円を上げ、モノづくりで世界トップレベルの競争力を持つ。日本人技術者を使って挑戦を始めた有機ELディスプレイは、液晶よりも薄く自由に曲げられる特性があり、多くの企業が開発に取り組んでいるが量産化に成功していない。採算性や寿命など未解決の難題が多く、ソニーやパナソニックも撤退した。この分野で世界のトップを走っている韓国のサムスンはスマホに搭載しているが、量産製品はまだない。量産化が実現できれば、一気に世界を席巻できる。
鴻海がその開発を託したのがは、工場閉鎖や研究開発投資の縮小に伴い活躍の場を失った日本人技術者たちだった。グループの郭台銘総裁が日本人技術者によるプロジェクトチームづくりを発案した。「彼らは貴重な人材。経験が豊富で優秀な人たちが一緒に仕事をしてくれるというのであれば、私たちは活躍の舞台をいくらでも提供する用意があります」と期待を込めて話す。
その鴻海もいま岐路に立たされている。世界各地の企業から依頼を受けEMS(自社ブランドを持たず、複数の企業から電子機器の受託製造を行う事業)製造に特化し業績を伸ばし、本社は台湾にあるが、中国各地に28の工場を展開している。ところが、中国の賃金上昇で利益が圧迫されているのだ。そこで、最先端の電子部品は日本企業や韓国企業に頼ってきたのを改め、独自に開発し、より付加価値の高い製品の請け負いに乗りだそうと考えた。
鴻海の大きな賭けを日本人技術者たちは託された形だが、リーダーの矢野耕三氏(67)はシャープで電卓やテレビなど液晶技術の開発や量産化に取り組み、三重の亀山工場の総責任者となり、3年前に定年退職した。矢野氏は「有機ELをやれと言われ、使命やと思っています。ぜひこの期待に応えたい」ときっぱり答えた。
元日立の技術者だった後藤順氏(50)もチームのメンバの一人だ。後藤氏が目指しているのは厚さ0.5ミリ以下の極薄ディスプレイの量産化という。「サムスンやLGがやっているのと同じ方法はやりたくない。どうせやるなら彼らに勝つ方法を探さないといけない」と意気盛んだ。