福島原発に近い浪江町から福島市に至る国道114号線で、車が数珠繋ぎになって身動きでなくなっている大渋滞を写した1枚の写真がある。原発事故の翌日の2011年3月12日に撮影されたものだが、このとき現地でいったい何が起きていたのか。段階的避難が実施されていたはずなのに、なぜ渋滞が起きていたのか。目に見えない放射線の恐怖、事故の詳細がわからない不安から、とりあえず逃げる以外に選択肢がない住民が車で国道に殺到したのだ。
政府・電力会社は原発再稼動を急ぎ、原発周辺の自治体は再稼動に備えて避難計画の策定を進めているが、住民の予想を超えた行動は想定されている。「クローズアップ現代」はおざなりなしか見えない国や自治体の避難計画に疑問を呈した。
福島原発事故でも避難指示圏外の住民「隣近所を見たら人影はないし、着の身着のままで逃げた」
着の身着のままで家を離れてから3年がたったいまも、13万5000人が故郷に帰れない。いや、この先も期間が絶望的な地域も少なくない。しかし、再稼動に向けて48基ある原発のうち17基が国の安全審査を受けている。その再稼動に備え原発周辺の135に及ぶ自治体は新たな避難計画作りを懸命に進めている。避難計画の国のガイドラインはあるが、計画を具体的につくり実施するのは自治体だ。
この避難計画の大きな柱が「段階的避難」である。原発から5キロ圏内の住民が最初に避難し、5キロから30キロ圏内の住民は避難せずに建物に中に留まり、その後、風向きや放射線量を考慮して避難することになっている。では、この段階的避難で本当にスムーズに住民の安全は守られるのか。NHK科学文化部の大崎要一郎記者と東洋大学の関谷直也准教授らが、原発事故当時の住民の避難行動をもとに検証した。
まず、福島県が避難者1万人を対象に行った「避難実態に関するアンケート調査」を仔細に分析した。その結果、10キロ圏内に避難指示が出されたのは12日午前5時44分。一斉に避難が始まり、住民の数は激減したことが分かった。ところが、避難指示が出ていない10キロ圏外側の住民も大半が逃げ始めたことが分かった。
原発で何が起きているのか、国や東電から情報がほとんど伝えられず、10キロ圏外の男性は身の危険を感じ避難した。「隣近所を見たら人影はないし、皆が避難したと思い、着の身着のままで逃げた」という。
しごく当り前の対応で、関谷准教授も「原発事故が強い恐怖を与え、どこまで避難すれば良いのか、どこが安全で危険なのか分からない状況では、段階的避難がそう簡単にいかないことが分かりました」と話す。
しかし、原発周辺自治体は段階的避難をそのまま採用し、避難計画つくりを進めている。
国は原発周辺自治体に丸投げ!非現実的な段階的避難前提に計画作り
福島の教訓を生かそうとしている自治体もある。福島・南相馬市は東電福島第1原発の廃炉作業で事故が起きる事を想定し、避難の際の渋滞を緩和するため市内を3つに分け、宮城、山形、新潟3県に分散避難させる計画を打ち出している。ただ、桜井勝延市長は受け入れ先の自治体との調整を一自治体だけでするのは難しいと、国に次のような注文をする。
「受け入れ先との協定ないし約束事を、国がしっかり関与してあらかじめ作っておく。そうした支援を国が確実にやる必要がありますよ。自治体の首長が1人で市民、住民を誘導するのはほぼ無理です」
政府の東電原発事故調査・検証委員会のメンバーの1人だったノンフィクション作家の柳田邦男氏はこう言う。「まず地域防災計画を地域の特性に合よう綿密につくる必要があります。それを住民一人ひとりに徹底し、実際に避難できるかどうかを全員参加の訓練で試さないといけない。さらに、いざ事故が起きたときに、正確な避難情報、指示をキメ細かく伝えること。病院や福祉施設の体の動かない人をどうするか。さまざまな問題をクリアできて、はじめて計画が意味が持ってくるんです。
国の防災計画は具体的なものは自治体に任せる丸投げ的なところがあります。原子力プラントの安全性を技術面だけで裏書してよしとするのでは、見えてこない部分があります。自治体に丸投げするのではなく、国がもっと本質的な部分にまで積極的にかかわらないといけないと思いますね」
国谷裕子キャスター「事故発生以来3年が経っているのに、そうした避難計画になっていないような気がします」
柳田「そういうところに踏み込まないで、技術論だけで再稼動するかどうかの結論を出してはいけないということが、3年目にしてようやくはっきり表に出てきた感じがします」
1枚の写真は、教訓を生かすことなく原発再稼動を急ごうとする政府、電力会社への厳しい問題提起だった。
モンブラン
*NHKクローズアップ現代(2014年3月5日放送「原発事故にどう備える 検証 避難計画」)