清原和博「覚醒剤疑惑」シャブ抜き入院ホントか?周囲も気づいた呂律回らず異常行動

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妻・亜希さん友人に相談「暴力的ですぐ激昂。刃物持って追いかけ回された」

<「じつは清原は覚せい剤などの薬物の禁断症状に苦しんでいるのです。
   昨年、彼は足立区にある精神科の病院に一週間ほど極秘入院しています。入院したのは、傍目にも言動が異常をきたしていたから。隣で呼びかけても無反応、目の焦点が合わず、口はネチャネチャと粘つき、ときおり意味不明のことを口走っていた。この病院で電気ショックなどの治療を受け、『シャブ抜き』が行われたそうです」>

   元プロ野球の大スター清原和博(46)の覚せい剤『疑惑』は少し前から騒がれていた。私も先月下旬(2014年2月)に行われた友人の出版祝いの会で「清原が近々シャブで逮捕されるらしい」という話がひそひそ交わされているのを聞いている。

   『週刊文春』で先のコメントを語っているのは清原と親しい友人A氏だが、親しい友人B氏による証言もある。<「清原の妻・亜希さんは、『最近夫の様子がおかしい。暴力的になり、すぐ激昂する。刃物持って追いかけ回されたこともある』と、複数の親しい知人に相談しているのです」>

   清原といえばPL学園時代、甲子園で桑田真澄とともに高校生離れした素質を見せた。1986年に西武ライオンズに入団し、入団4年目には21歳で100号本塁打を達成。23歳で年俸1億円を超えるなど、いずれも史上最年少記録を更新した大打者である。巨人、オリックスとチームを渡り歩いたが、オールスターのMVP7回、サヨナラ本塁打12本の日本記録をもつ記憶に残るスーパースターだった。またその言動や威圧感で「番長」という呼び名がついた。

   西武ライオンズ時代に麻薬撲滅のポスターに登場して、そのコピーには「覚せい剤うたずにホームランを打とう」とあったと週刊文春が書いている。2000年にアイドルグループ『セブンティーンクラブ』などで活躍したモデルの木村亜希(44)と結婚して2人の息子にも恵まれた。亜希のほうも子育てをしながらカリスマモデルの地位を確立し、11年にはベストマザー賞も受賞している。清原もマイホームパパぶりを発揮していたのだが……。

   しかし、引退後の彼を待ち受けていたのは、現役時代のような輝かしい生活ではなかったようだ。カネ遣いと言動の荒さも災いしたようである。そんなうっぷんをクスリで紛らわせるようになったのだろうか。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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