<東京難民>
1度落ちたらもう這い上がれない!「貧困スパイラル」の恐怖―親がかり突然失いネット難民まっしぐら

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(C)2014『東京難民』製作委員会
(C)2014『東京難民』製作委員会

   平凡な大学生の修(中村蒼)が、ある日、大学を除籍させられてしまう。学費や下宿費用を工面してくれていた父親が借金を残して失踪してしまい、授業料が払えなくなったのだ。家賃も払えない修は、ネットカフェに泊まりながら、日払いのアルバイトで食いつなぐが、騙されて働き始めたホストクラブで裏社会にむしられて、とうとうホームレスへと転落してしまう。

   福澤徹三の小説を「半落ち」「ツレがうつになりまして。」の佐々部清監督が映画化し、持たざる者への搾取という貧困のスパイラルを真正面から描いていく。

授業をさぼるのも合コン楽しむのも「自由」だった昨日まで…

   親に学費も生活費も払ってもらっているということは、安全を確保されているということだ。授業をサボるのも、合コンに出かけるのも「自由」だ。ただ、安全網はいつまでも保障されているものではない。だから、大学生は就職を迫られ、就職活動に打ちひしがれる。安全網という名の「身分」をある日突然奪われてしまった大学生・修が、いったいどうなっていくかを観察したような映画だ。

   突然、社会に放り出された修は奈落に落とされてしまう。金銭的不自由と身分を奪われた孤独。何者でもないという孤独ははい上がる気持ちを蝕んでいき、「努力してはい上がればいい」という励ましが死語になりかけていることを伝える。「努力したって何も変わらない」という不景気がもたらした病は、ロマンを殺し人間を打算的にする。現状を打開するのではなく、確保した場所―寝泊りや食事ができる場所にしがみつこうとする。守られていないからこそ、守られている場所を求めることが人間の性であろう。

変に媚びた恋愛シーン余分でもったいない

   「良心のお面」を被った社会が、弱者を徹底的に搾取するというスパイラルを平凡な若者を通して描き、夢を見られるのは安全網の中にいるからだと「夢のない時代」の裏側を淡々と描いていく。

   ただ、社会派エンターテイメント映画としては恋愛シーンや安易なキャスティングは余分だしもったいない。この演出が派遣会社における雇用側の労働者に対しての生かさず殺さずのやり口のメタファーなのかもしれないが、どちらにしろお粗末だ。修の成長物語として安易な着地をせずに、暗闇から手を伸ばすように、手探りで人間を捉える作り手の実直な姿勢こそが、エンターテイメントを超える映画の力なのだ。観客に媚びることが似合わない真摯な人間ドラマである。

丸輪太郎

おススメ度☆☆☆

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