佐村河内守ゴーストライター手記「彼がやりたかったのはゲーム音楽でのヒット」
『週刊文春』は飽きずに佐村河内守氏の話をやっている。今号ではゴーストライターだった新垣隆氏の独占手記だ。新味はないがいくつか紹介してみよう。まずは彼が全聾者と偽っていたこと。<彼は「お詫び」で三年前から耳が聞こえるようになったと書いていましたが、十八年間、ずっと聞こえていたのだと思います。私が作った曲のテープを彼が聴くという関係がずっと続いていたからです>
打ち合わせは電話でやったこともあるというのだから呆れる。佐村河内氏の音楽の原点はゲームだともいう。<彼との仕事は「ゲーム音楽」へ移っていくのですが、それこそが彼がやりたい音楽の『原点』だったと思うようになりました。彼は私に、すぎやまこういちさんが作曲した「ドラゴンクエスト」のテーマソングのようなものを求めていたのです。実際、当時の彼の留守番電話のBGMは「ドラクエ」の音楽でした>
クラシック音楽ではなくゲーム音楽でひとヤマ当てようとしていたのだろう。そのためには彼自身の『物語』が必要だった。<彼は、九十九年四月の「鬼武者」の制作発表を境に「全聾宣言」をするのですが、その制作発表の日、どこから連れて来たのか、黒服のホストのような男を何人も侍らせていました。演奏家の方々もポカンとしていました。彼はそうやって『権威付け』をする人間なのか、と思いました。
九十六年に最初に会ったときは、彼はサングラスもかけておらず、黒ずくめの衣装でもありませんでした。もちろん、杖もついていませんでした。「全聾の天才作曲家」という物語を強固にするために、この頃から自分の風貌も『権威付け』に利用していったのです>
だが、佐村河内氏のゴーストライターであることを告白してからは、彼への批判の声もあるようだ。<今回、私が一方的に彼との関係を明らかにしたことに批判の声があることも承知しています。私は「共犯者」としての罪を免れる気は毛頭ありません。ただ、自分には曲を聴いていただいた方々に真実を伝える義務があると信じたのです>
2月15日に新垣氏は大学に辞表を書留で郵送したという。佐村河内氏は未だに記者会見を開く様子はない。