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小野田寛郎さん死去!30年前の猛烈な手記争奪合戦―講談社が1000万円で獲得

   小野田寛郎さんが亡くなった。享年91。<1974年3月、『最後の日本兵』は元上官の命令に直立不動で敬礼。ようやく敗戦を受け入れて帰国し、平和を享受する日本に衝撃を与えた――。それから四十年、九十一歳で永眠するまで、小野田寛郎さんの背筋はあの時の敬礼姿のようにピント伸ばされたままだった>(週刊文春)

   帰国した小野田さんの手記を巡って猛烈な争奪合戦が起こった。最後に朝日新聞と私のいた講談社が残り、講談社が手記を掲載する権利を獲得した。たしか1000万円近い金額を払ったと記憶している。手記を連載中はもちろん、終わってからも編集部によく顔を見せた。仕立てのいい背広姿で銀座などで飲み歩くのも見かけた。30年以上の『空白』を埋めようとしていたのかもしれない。

   手記の連載中、小野田さんの話を聞きまとめるゴーストライターが、「あの男は本当のことをしゃべらない」と怒り、手記終了後にライバル誌の週刊ポストに暴露記事を書いたこともあった。

   その後、ブラジルへ移り住み結婚をした。安らかにお休み下さい。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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