台風26号による土石流で死者22人、不明27人(2013年10月18日朝現在)を出した伊豆大島・大島町の川島理史町長が、「朝ズバッ!」に中継で出演して、避難指示を出さなかった責任を「一生背負っていく」と話した。
ピークは16日未明と判断して職員全員がいったん帰宅
当時の状況がわかってきた。川島町長は自治体の会合で島根県にいた。副町長も出張で島にいなかった。台風の状況について、町が町長と連絡をとったのは、15日午後3時ころ。ここで台風のピークになる16日未明に非常配備態勢をとることを決め、防災担当者以下全員帰宅していた。その後の電話連絡は警備員が取り次いでいたという。
しかし、気象庁は午後5時半に大雨警報、6時に大島町あての土砂災害警戒情報を出した。避難勧告を出すとすればこのときだったろうが、町はその態勢になかったわけだ。時間が経過して、気象庁から東京都、大島町の担当者に「尋常でない事態に注意」が伝えられた午前0時以降では、すでに避難はかえって危険な状態になっていた。さらに、だれも予想できなかった豪雨は午前2時からだ。2時半に気象庁が「記録的短時間大雨情報」を出したが、土砂崩れはすでに始まっていた。
普段は枯れ沢…警戒水位マニュアルはなし
川島町長は町役場の屋上で土砂崩れの山肌を背に話した。きのう17日の会見では、避難勧告を出さなかったことを「お詫びしなくてはならない」「情報を過小評価していた」といっていた。避難勧告について「出せなかったことを行政の責任者として一生背負っていく。教訓を汲み取って、本当の意味での防災の島にしていきたい」と語る。
奥平邦彦レポーター「川の水位がどこまでいったら、というようなマニュアルはなかったのですか」
町長「私たちは沢、枯れ谷といって、普段は水が流れておりませんから、水位など決めていませんでした。きちんと詰めてなかった」
沢はわずか2キロで海に至る。
与良正男(毎日新聞論説委員)「役場の人が帰ってしまったというのはどういうことなのでしょうか」
町長「台風のピークに非常配備ということで、いったん帰ってしまった。避難勧告を出すならその時点だったと悔やんでいます」
与良「都の連絡を受けたのは警備員だったそうですが」
町長「必ずそれは防災担当者に伝わっています。ただ、勧告などの判断ができなかった」
司会の井上貴博アナ「避難勧告のハードルは高いのでしょうか」
町長「ハードルが高いという認識では甘い。被害を出さないようにするのが自治体の長の責任だと痛切に感じています」
がれきに埋まっているのが発見され、救出作業が続いていた76歳の女性はきのう午後2時にようやく救出されたが、死亡が確認された。発見から27時間後だった。不明者はまだ27人、捜索は続いている。