フランス大統領官邸「エリゼ宮」の極めて格式高いその厨房で、オルタンス・ラボリは女性として初めて大統領のプライベートな食事を担当することになった。事情がよく呑み込めないまま専属料理人に就任すると、古参の男性シェフチームから嫌がらせは受けるわ、大統領の健康のためのカロリーコントロールを迫る医務チームの頭は固いわで前途多難である。それでもお腹は空く。
大統領が食べたかったのはなつかしい「おばあちゃんの味」だった
置かれた状況が難しくても、いざ料理を始めると、オルタンスは俄然自分に勢いをつけていく。手順を口に出しながら出来栄えを誇る。繊細で消えてしまいそうなフレンチではない、野趣あふれるフランスのおばあちゃんの田舎料理が彼女の得意分野だ。海のエキスに山の滋味、ふわぁと立ち上る湯気、ざっくりと豪快に切り分けられるパイ包み…。
エリゼ宮でのデビュー戦、初日に彼女が出したメニューが彼女自身を象徴している。前菜は焼いたポルチーニ茸にスクランブルエッグを添えただけ。メイン料理は葉の間にサーモンを詰めて蒸し上げた丸ごとキャベツ。どちらもおいしそうだけれど、レストランというよりはビストロのメニューだ。しめのデザートはしっかり甘く、仕上げに使うクリームの名はずばり「おばあちゃん風」
日々の激務に疲れた大統領が求めていたのは、幼い頃に慣れ親しんだおばあちゃんの味だった。バターやクリーム、それに高級食材に頼らず、素材のうま味を閉じ込めたオルタンスの料理は大統領をとりこにする。オルタンスの料理に少年時代を甦らせる大統領の生き生きとした表情が良い。あらめて食事は生きることの資本だと感じ入る。
一つひとつにシーン、料理の数々…とにかく美しい
しかし、彼女の挑戦は苦い敗北の味で幕を下ろす。中傷や嫌がらせで心身ともに疲れ切ったオルタンスは「逃げる」。今の彼女は南極調査隊の専属シェフだ。それ以上でも以下でもない。過去を語りたがらない、近寄りがたい女料理人となっていた。
この物語は、男ばかりの職場で大成功を収めた女の成り上がり譚ではない。根本にあるのは成功の記憶ではなく、苦渋の思いだ。全力を尽くしたが駄目だったので、諦めて逃げた。映画の主人公にはふさわしくない決断だ。でも、だからこそラストシーンにうなずける。オルタンスが大統領のお抱え料理人から、南極の荒くれ者たちのシェフになった理由はなんだったのか。過去を消化し、またスタートラインに立つための「みそぎ」だったのだろう。
過去と現在を行き来する構成だが、出てくる画のひとつひとつが美しい。寂しい南極の光景と、湯気の立ち上る一皿のコントラストが彼女の料理に焦点を当てる。うん、お腹はぺこぺこ、胸はいっぱいです。
(ばんぶぅ)
おススメ度☆☆☆