フランス大統領官邸「エリゼ宮」の極めて格式高いその厨房で、オルタンス・ラボリは女性として初めて大統領のプライベートな食事を担当することになった。事情がよく呑み込めないまま専属料理人に就任すると、古参の男性シェフチームから嫌がらせは受けるわ、大統領の健康のためのカロリーコントロールを迫る医務チームの頭は固いわで前途多難である。それでもお腹は空く。
大統領が食べたかったのはなつかしい「おばあちゃんの味」だった
置かれた状況が難しくても、いざ料理を始めると、オルタンスは俄然自分に勢いをつけていく。手順を口に出しながら出来栄えを誇る。繊細で消えてしまいそうなフレンチではない、野趣あふれるフランスのおばあちゃんの田舎料理が彼女の得意分野だ。海のエキスに山の滋味、ふわぁと立ち上る湯気、ざっくりと豪快に切り分けられるパイ包み…。
エリゼ宮でのデビュー戦、初日に彼女が出したメニューが彼女自身を象徴している。前菜は焼いたポルチーニ茸にスクランブルエッグを添えただけ。メイン料理は葉の間にサーモンを詰めて蒸し上げた丸ごとキャベツ。どちらもおいしそうだけれど、レストランというよりはビストロのメニューだ。しめのデザートはしっかり甘く、仕上げに使うクリームの名はずばり「おばあちゃん風」
日々の激務に疲れた大統領が求めていたのは、幼い頃に慣れ親しんだおばあちゃんの味だった。バターやクリーム、それに高級食材に頼らず、素材のうま味を閉じ込めたオルタンスの料理は大統領をとりこにする。オルタンスの料理に少年時代を甦らせる大統領の生き生きとした表情が良い。あらめて食事は生きることの資本だと感じ入る。