「八つ墓村」5人惨殺の保見光成―彷彿とさせる「岡山・津山30人殺し」
現代の八つ墓村かと騒がれた山口県金峰郷(周南市)で起きた5人殺し事件を週刊ポストと週刊文春が報じている。『週刊新潮』もやってはいるが1ページのコラム扱い。事件に強い週刊新潮らしくない。
両誌ともに書いているのは、この事件が75年前に同じ中国地方の岡山県津山市の農村で発生した「津山30人殺し」事件を彷彿とさせるということである。<作家・横溝(正史=筆者注)の『八つ墓村』のモデルである同事件は、結核で徴兵検査丙種合格(実質的に不合格)となった21歳の無職青年・都井睦雄が、結核伝染を恐れる村人から冷たい仕打ちを受け、その恨みから故郷に復讐しようと思い立ったとされる。
計画は周到かつ残虐だった。午前2時前、頭に懐中電灯を二本縛り付けた都井は、夜陰に乗じて村民たちを日本刀と猟銃で殺害。さらに育ての親である祖母の首を斧で刎ねた。約1時間半の間に30人がほぼ即死の状態で命を落とした。
ちなみに凶行を終えた都井は、村を見晴らせる高台に登り、そこで自らの胸にピストル当てて自死している>(週刊ポスト)
金峰集落は平家の落人たちが逃げ込んだ地域だといわれているが、今では典型的な限界集落である。<周南市役所によれば、 六月末時点で金峰郷には8世帯14人が住んでいたという。男性7人、女性7人。そのうち60歳未満は3人しかいない超高齢過疎地帯である。今回亡くなった5人の被害者も、70歳を優に超えている。
「ここの主要産業は林業で、その林業に付随した産業としてのシイタケ栽培も盛んでした。でも、そういった産業が斜陽化してくるに伴い、過疎化が進んでいきました。現時点では具体的な復興策も見つかってない」(周南市役所中山間地域復興課)>(週刊ポスト)
犯人は63歳。この村に住む家の次男坊として生まれ、中学卒業と同時に村を出て神奈川県に行ったという。30年経って、職を捨てて老親の面倒を見るために村に戻った。だが、老親も亡くなり、長く離れていたため村の人々とは断絶があったようだ。「都会から隔絶された限界集落でのさらなる孤立」が惨劇に結びついたのではないかと週刊ポストは書いている。