福島がとんでもないことになっている。福島第1原発周辺の町や村から人間が消えて2年4か月、かつての田畑は草原に変わり、イノシシやサルが白昼堂々とわがもの顔で歩く。人が住まなくなった家々はネズミの巣となった。福島県は国際原子力機関(IAEA)と実態調査を始めたが、野生の変化に追いつけない。
白昼、住宅街や田んぼをゾロゾロ!事故から2年以上…人間見たことない次世代繁殖
先月8日(2013年6月)、原発から3キロの大熊町に住民と専門家が入った。放射線量が高く、長期にわたって戻るのが難しい地域だ。玄関を入っただけで異変がわかる。10キロ入りの米袋が空だった。「3月には中身が入っていた」。なげし、床、配線のケーブル、手当り次第にかじってある。家中がフンだらけ。クマネズミだ。
近くの養鶏場の光景は衝撃だった。放置され死んだニワトリは国が処分するはずだったが、死骸も卵もネズミに食い尽くされていた。建物には天敵のハクビシンの痕跡もあった。追われたネズミは民家へ拡散する。
浪江町幾世橋地区は4月から立ち入りできるようになった。埼玉に避難している半谷有子さんは被害に驚いた。畳、カベ、柱…これでは建て直すしかない。昨年11月には被害はなかった。もう1度住みたいという希望はいま「もう無理か。帰るところじゃない」としぼむ。
二本松市にある浪江町民の仮設住宅137世帯に聞いてみた。111世帯がネズミの被害にあっていた。専門家は2年の歳月をいう。「イノシシもネズミも生息域が広がっていて、防除・駆除のレベルではなくなっている」
イノシシは本来臆病な動物だ。かつては山林に住み、人里へは夜出没した。しかし、里山が壊れて田畑までが草っ原になって、人もいない。2年で人を知らない世代が出てきて、白昼、住宅街をゾロゾロ歩いたり、田んぼにミミズやカエルを食べにくる。匂いの強いミョウガや玉ねぎまでかじる。
福島県・IAEAプロジェクトのリーダーで獣医の溝口俊夫さんは、「これまで経験したことがない事態です」という。野生動物と人は微妙な距離のバランスを保つ。たとえば、保護獣のカモシカでは15メートルまで近づくのが限度だが、福島のイノシシは5メートルで撮影できる。母から子へ伝わる人への警戒心がない。近年、しきりにクマが市街地へ出てくるのと一緒だという。
駆除しても放射線汚染で食用にならないイノシシ肉
イノシシの生息圏も変わった。かつては、内陸の山林に散在していたものが、いまや放置された農地から海岸にまで広がっている。雑食だが、50%は草なので生息には好条件なのである。生息域が拡大すると繁殖率も高くなる。
むろん駆除もしているのだが、福島のイノシシは食べられない。肉から最高で6万1000ベクレル/キロ(基準値の610倍)もの放射性セシウムが検出されるからだ。山間部は除染していないので汚染も高い。
県の調査は動物の生息域の広がりと数の把握から始まる。多くの個体にGPSをつけて行動を確認し、超小型の線量計も使ってホットスポッ トの割り出しも考えているという。専門家は「野生の変化のスピードにどこまでついていけるかだ」という。元に戻すなんて到底無理だ。
どんな対策が可能か。まだだれも答えをもっていない。人が生態系の頂点にいるというのは、すべての動物の運命にも責任を負うということだろう。満足にコントロールもできない危険なオモチャを振り回した結果がこれだ。それでもなお、懲りない面々がいる。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2013年7月11日放送「激増する野生動物~福島の生態系に何が~」)