原子力規制委員会は19日(2013年6月)、新しい原発の規制基準を決めた。津波や地震対策、過酷事故対策、放射性物質の放出などで、田中俊一委員長は 「世界一厳しい基準」を目指したという。これが事実上、原発の再稼働を決めることになるのだが、本当に世界一なのか。
わずか80人の職員で全原発の審査・確認…1基で2000キロもある電気ケーブル
考え方は確かに変わった。従来は規制側が内容を決め、電力会社はそれをクリアすればよかった。新基準は電力会社が目標を設定して実行し、規制委はそれを審査する形になった。目標には想定外の自然災害への対応も含む。規制委は電力会社が高い目標をかかげて、安全優先の文化を構築 するよう求めた。
問題は審査・確認の能力だ。そのむずかしさを「クローズアップ現代」は原発の命ともいえる電気ケーブルを例に検証した。原発を制御するケーブル網は1 基あたり2000キロにもなる。38年前、アメリカの原発でケーブル火災が起き、原子炉冷却装置が使えなくなったことがある。規制委は新たな基準で「着火しにくく」「燃え広がらない」難燃ケーブルを使うとしたが、電力会社は「延焼防止材の塗布」も有効だと主張した。原発50基のうち13基で延焼防止材が使われている。運転開始から30年以上の古い原発ばかりだ。これを「有効」だと電力会社は言うのだ。
専門家によると、防止剤は塗布の厚さで効果が変わる。薄ければダメージがあるのは当然だ。NHKがこれを専門家の監修のもとで確かめてみた。厚さ1.5ミリと1ミリ以下のものを燃やす。炎の長さが180センチ以下なら難燃ケーブルと同じ効果と見なされる。結果は1ミリ以下のものは6分で炎が180センチを超えた。塗布がムラになっていて薄いところがあってもダメ。1.5ミリの方は合格だった。
現実に浜岡原発のケーブルの写真を見ると、塗りムラがあり、薄くてケーブルが見えている部分すらあった。問題は総延長2000キロものケーブ ルをだれがどうやって審査・確認するかである。そしてこれはまたケーブル以外の機器の確認でも同じことになる。
関西大学の安部誠治教授は「原発にはいちばん技術が詰まっていて、規制側は現場の知識には負ける。だから、いちばん知っているところに責任を持たせるのはきわめて有効だと思う」という。しかし、それは電力会社がしっかりと責任を果たすことが前提だろう。
取材したNHKの沓掛慎也記者は「原発にはケーブル以外にも膨大な配管があり、ポンプ、発電機など多種多様です。規制委が全部に対応するのは不可能でしょう。地震・津波対策などはどこまでやればいいかもわからない」という。規制庁で審査に当たる職員は80人しかいない。新基準で規制委は電力会社に期待していることになる。電力会社が自らどこまで安全を追求するか。
米国NRCは年間1000回以上の公聴会
また、この新基準づくりでは、規制委が住民や自治体の声を十分聞かなかったという批判がある。委員会は意見公募はしたが、寄せられた声を生かす方策はまだ決めていないという。アメリカでは常に公聴会が開かれる。全米で年間1000回以上。主催する原子力規制組織(NRC)はすべての意見に耳を傾け、担当者30人が精査し、必要と判断すれば規制に反映させる。重要な改善がなされたり、NRCの規則が変わった例はいくらもある。
基準が世界最高になるかどうかのカギは、「規制側が電力会社から一目置かれる存在になること」と安部教授はいう。そして安全文化の構築だというのだが、作文ならいくらでもできる。規制側をナメているのがみえみえの電力会社、民の声をどうしていいかわからない規制庁に何かを期待できるか。ケーブルの現場確認以上に難しいのは間違いない。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2013年6月20日放送「『世界最高』の安全は実現できるのか」)