多くのアイドルを世に送り出した芸能事務所「サンミュージックプロダクション」の相澤秀禎会長の通夜がきのう28日(2013年5月)、東京・青山葬儀場で行われ、元アイドルたち多数が参列した。「とくダネ!」は放送時間の半分近くを使って通夜の様子を伝えた。さすが、芸能ネタならウチと自負しているワイドショーだ。
酒井法子「多大な迷惑をかけ、恩返しができていない」
芸能マスコミ陣が待ち構えていたのは桜田淳子(55)だった。1973年に歌手デビューしたが、統一協会の合同結婚式で結婚した後は芸能界から身を引いていた。テレビカメラの前に姿を現すのはじつに20年ぶりだ。映像を見る限り、アイドル時代に比べるとかなり太り、黒縁眼鏡をかけている。今は3児の母だ。
覚醒剤取締法違反で有罪となった酒井法子も現れ、「相澤会長には多大な迷惑をかけました。その恩返しができていないときにこのようなことになって」と声を詰まらせる。もちろん松田聖子もいた。
笠井信輔キャスター「相澤会長は松田聖子さんと初めて会った瞬間、この子には歌手としての何かがあると感じたそうです。それで自宅に住まわせ、歌手としてのさまざまな教育をしたといわれています。早見優さんには外出するときはサングラスをかけるな。変装するな。堂々と歩けと諭したと言われています。以来、サンミュージックではサングラス禁止となりました」
若い頃から「時代を象徴する歌手を送り出したい」
メインキャスターの小倉智昭は「これだけのアイドルを送り出した裏には、相当な苦労があったのではないだろうか」と、芸能デスクの前田忠明に話を向ける。「相澤会長は若い時、ホリプロの堀社長とバンドを組んでいた頃から、時代を象徴するような歌手を世に送り出したいと考えていたと言われています。でも、まさかこれだけのアイドルを送り出すとは想像もしていなかったでしょう」
武藤まき子リポーター「相澤会長は4月頃まで元気でした。でも、この時すでに余命1か月と宣告されていたそうです。このことは他の人に漏らしませんでしたが、それなりの覚悟をしていたのでしょう」
たしかに、サンプロのアイドルたちはそれぞれ個性をはっきり持っていた。