サスペンスの帝王ヒッチコックの『サイコ』製作中の姿を描いた伝記映画だ。ヒッチコック監督役をアンソニー・ホプキンスが特殊メイクでうりふたつの姿で熱演している。彼を支え続けた妻アルマ・レビル役には『クイーン』でアカデミー主演女優賞のヘレン・ミレン、監督は『アンヴィル!夢を諦めきれない男たち』のサーシャ・ガヴァシが務め、名監督の素顔を描いた。
モデルの猟奇殺人者の幻想に悩まされ酒浸り
1959年、数々の傑作の世に送り出していたアルフレッド・ヒッチコックは、後にサスペンス映画の金字塔と称されるサイコの製作に着手した。しかし、実在した猟奇殺人事件を基にした奇抜過ぎる企画のため資金繰りは難航する。人々は当時お茶の間で大人気だった『ヒッチコック劇場』のような単純に楽しめる娯楽映画を彼に求めていたのだ。
サイコ製作を諦めきれないヒッチコックは自己資産での製作に踏み切る。プール付きの豪邸を手放す覚悟だった。制作に夢中になったヒッチコックは現実との狭間で揺れ、ついにはサイコのモデルとなった猟奇殺人者エド・ゲインの幻影まで見るようになり、最大の理解者であった妻アルマとの関係までは壊れ始める。
天才監督を神格化するのではなく、素顔を描いたこの映画は、ヒッチコックの異常までの嫉妬深さとコンプレックスは、モデルとなったエド・ゲインを凌ぐほどのものだったようだ。突如として現れるエド・ゲインの幻想を振り切るように酒を呑み、メガホンを取るヒッチコックの姿に天才ゆえの苦悩が見えた。
見えてこない「ヒッチコックはなぜそこまで執着したのか」
ただ、その姿がステレオタイプに映ったのは否めない。似たような構図で描かれた『ブラックスワン』で、ナタリー・ポートマンが抱えたほどの苦悩が見えてこない。ヒッチコックはどうしてそこまでサイコにこだわったのだろうか、なぜエド・ゲインに執着したのかという肝心な点が見えてこない。サイコは完成し、傑作と評されたのを誰もが知っているから、破滅へ向かうヒッチコックがリアルに映らなかったのかもしれない。
サイコの製作秘話や奇抜な宣伝方法は興味深かった。観客がパニックで暴れるかもしれないので、劇場に警備員を配置したというエピソードはリアルだ。サイコという傑作映画をより一層楽しむための映画、そう位置付ければ、この映画も十分楽しめるだろう。
野崎芳史
おススメ度:☆☆☆