日本列島から中国にかけての東シナ海を、宇宙から撮った夜の画像がある。福岡、長崎や上海など、都市が明るいのは当然だが、何もないはずの海の真ん中に光の帯が真っすぐ南北に伸びていた。操業中の中国漁船だという。なぜ直線なのか。地図を重ね合わせると、日中共同水域と日本の排他的経済水域との境界線上だった。境界のギリギリまで迫って操業しているのだ。西側の共同水域には光が広く散らばるが、東の日本側にはほとんど灯りがない。これが東シナ海の現状なのだった。
日本で禁止の強力集魚灯で一網打尽
中国の最新鋭の漁船は「虎網漁船」と呼ばれる。日本では認められていない強力な集魚灯で魚を集め、長さ1キロもの巨大な網で魚を囲い込んで一網打尽にする。それをポンプで吸い上げ、短時間で根こそぎ獲りつくす。資源管理もへったくれもない。東シナ海だけで300隻を超えるといわれる。
2月20日(2013年)早朝、水産庁の漁業取締船が日本の排他水域内で操業中の虎網漁船を見つけた。停船命令に応ぜず魚を捨てながら逃げ回る。ようやく小型ボートで係官が乗込んだところ、係官を乗せたまま再び逃げ始めた。結局、体当たりで停船させ船長を逮捕した。発見から14時間かかった。
初の虎網摘発だったが、船長の供述でその実態が明らかになった。船長は東シナ海での操業が儲かるというので、10数人の共同出資で700万元(約1億円)で漁船を買った。「あくまでも投資だ」という。出資者の中には海とは関係のない人も含まれ、ただ儲ればいいという一攫千金のネタなのだった。
浙江省舟山市は虎網漁船の最大の拠点だ。中国政府は昨年から新造を禁止したが、港は見渡す限り虎網漁船が並んでいた。7年やっているという船長は「魚がいなくなった」と異変をいう。水産資源の管理について日中の話し合いはあるが、すでに過当競争と乱獲で資源が枯渇状態に陥ってしまった可能性は高い。
長崎・五島列島の奈良尾はかつて日本屈指の巻き網漁の基地だった。巻き網漁船は100隻以上、人口は1万人を数えて、「3年乗れば家が建つ」といわれ、オイルショックでも不況知らずだった。それがいまわずか10隻、人口は5分の1になった。商店も廃業が相次ぐ。
東シナ海で50年になるという漁労長の吉本洋一郎さんは、中国漁船に押されている現状を「割り込み、妨害をやる。彼らが密集しているところへはもう入れない」という。
漁船は一方で外国漁船の監視の役割を持つ。不審な船を通報するのは重要な役割だが、その数が減るということは密猟のチャンスを与えることにもなる。沖縄近海でも最近よく中国漁船を見かけるようになったと吉本さんらはいう。「これまでなかったことだ」と。
日中共同水域とり尽くして、次ぎに狙う尖閣海域
山田吉彦・東海大学教授は「中国は沿岸部を獲り尽くして、共同水域からさらに出ていこうとしている」という。共同水域を南へ出れば尖閣の海だ。舟山市の虎網漁船の船長はこともなげに言った。「これからは尖閣の北の海域へ行く」。彼らには儲るかどうかだけだろうが、尖閣諸島へ踏み込むとただの魚の話ではなくなる。
山田教授はこの海域での漁業資源の現状が不確かだと変ないい方をした。「ん?」と思ったら、「離島では魚は売れない」というのでわかった。 消費地との距離だ。いかに漁場が豊かでも、本土の流通に乗らなければいけない。漁船は本土に着かないとダメだ。
あらためて地図を見る。中国漁船は明らかに大きく日本近くまで来ている。共同水域北部の真ん中が日中の等距離だ。それより南だと日本本土より中国の方が近い。この地域が背負っている距離のハンディの大きさ。それはまた政治の距離でもあるとあらためて思う。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2013年4月4日放送「国境の海で魚が消える~追跡 中国虎網漁船~」)