吉祥寺「強盗殺人少年」週刊新潮の実名・顔写真記事をどう考えるか?
『週刊新潮』が住んでみたい街首都圏ランキングで5年連続1位に輝いた吉祥寺で起きた22歳の女性殺人事件の容疑者2人の実名を出し、議論を呼んでいる。週刊新潮は実名を公表する理由をこう書いている。
「いかな凶悪犯罪であれ、未成年の犯人の実名や顔写真は少年法の厚いベールの内側に隠される。
しかし、少年の人権ばかりに重きが置かれるそうした状況に風穴をあける判決が下されたことをご記憶のムキもあるかもしれない。
1998年、大阪府堺市で当時19歳の男が無辜の人々を次々に刺し、幼稚園児が死亡、2人が重傷を負った『堺通り魔事件』。19歳の男の実名と顔写真を報じた月刊誌『新潮45』の記事について、2000年2月、大阪高裁が『違法性なし』との判決を下したのだ。加害者がたとえ少年であっても、事件が〈社会の正当な関心事〉であり、〈凶悪、重大〉であれば実名報道が是認される場合がある、とした画期的な判決。それに改めて触れたのは、社会の正当な関心事であり、凶悪かつ重大、そして加害者は少年‥‥‥そんな事件が去る2月28日、東京・吉祥寺で起こったからである」
たしかに単にカネがほしいだけで通りすがりの女性をナイフで刺し殺すというのは、許し難い犯罪ではある。だが、ルーマニア国籍の17歳の少年はルーマニア人の母親と別れて彼の地で暮らし、4、5年前に母親に引き取られて日本に来たという。言葉も不自由だったことと体臭がきつかったことでいじめられていたと、高校の同級生が語っている。母親は日本人の再婚相手を見つけると、少年は「うざい」といって毛嫌いしたという。やがて高校を中退後はお決まりの不良仲間に入り、転落していく。
私が編集長だったら、どう考えるだろう。罪を憎んで人を憎まずなどという聖人君子ではないが、私は実名を公表しなかったと思う。主犯格のルーマニア国籍の少年にはまったく情状酌量の余地はないのだろうか。そういう迷いがあるとき、私は実名を出さない。だが、ほかの週刊誌がどう考えるかは、おのおのの編集長が判断することである。