江戸歌舞伎の代表だった成田屋の宗家、12代目市川団十郎が3日夜(2013年2月)、肺炎のために亡くなった。66歳だった。新歌舞伎座がほぼ完成し、4月にこけら落としを迎える矢先、中村勘三郎に続いて歌舞伎界重鎮が去った。
最後の舞台となったのは、昨年12月の京都・南座の吉例顔見世興行だった。団十郎は6代目中村勘九郎の襲名披露口上で、亡き友、勘三郎への思いを「まことに残念。歌舞伎界の大きな損失だと感じております」と語ったばかりだった。
海老蔵「1月にテレビ電話。意識あるうちの最後の顔」
この後、風邪による体調不良を訴え入院、肺炎の兆候が見られるとして、息子の市川海老蔵との競演を楽しみにしていた3月の「オセロ」の舞台を中止し、「4月に開場する歌舞伎座の出演に向けて治療に専念する所存です」と話していた。
団十郎が4日未明に東京・目黒の自宅に無言の帰宅をした後、息子の海老蔵が詰め掛けた報道陣を前に会見をした。時おり笑みを浮かべながらも、「やんちゃでわがままだった僕を父は大きな愛というか、器で見守ってくれていたのだと思います。1月の浅草公会堂の公演中にテレビ電話で話をしました。父は喋ることはできなかったが、意識があるうちに顔を見ることができたのが最後だった」と涙を滲ませながら話した。
あの独特な目力、舞台での張りのある声はもう聞けない。司会の小倉智昭も「続きますねえ。改めて舞台の声を聞きましたが、腹に響き渡るような、本当に素晴らしい声が聞けなくなるのが残念ですね」としんみりだ。
文
モンブラン| 似顔絵 池田マコト