脚本家の山田太一「黒澤明は強い人を美しく描いた。木下は弱さが美しいんだと…」
映画評論家の佐藤忠男さんは、登場人物が「やんなっちゃう」とつぶやく「愚痴」が共感の象徴だという。「あの時代には愚痴に耳を傾けてくれる人がいた。愚痴でしか表現できない悲しみがある」
軍隊手帳に記された体験があった。中国・漢口(今の武漢)で前線に出発する木下を、涙を流して送ってくれた女性がいた。以前に映画のロケで滞在したホテルの女中さんで、木下は趣味が悪い鈍感だと辛く当たっていたのだったが、「あの涙が生きる希望を与えてくれた」と書く。
その後、病気で復員して撮った「陸軍」(44年)は戦意高揚映画のはずが、クライマックスの10分間を田中絹代演ずる母親が出征する息子を追う姿と表情だけで通した。軍はこれを「反戦」と受け取り、次の作品がつぶれた。助監督も務めた脚本家の山田太一さんは、「反戦ではなく、単純に母親の気持ちを撮ったらそうなったのだと思う。感情を何より大事にした。イデオロギーで作る人とは違う確かさを感じます。それがわれわれを感動させる」という。
キャスターの国谷裕子は木下作品を「ほとんど知らなかった」という。その彼女に山田さんはこんな言い方もした。「黒澤明は強い人を美しく描いた。木下は弱さが美しいんだと。みんな弱い人でしょう。いま、それに気づき始めたのでは?」
なるほどよくわかる。ビデオショップをのぞいてみたくなった。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2013年1月17日放送「弱く、美しき者たちへ~今、世界が注目 映画監督・木下惠介~」)