「ナンキンムシ(正式名トコジラミ)」はかつてノミや蚊と並ぶ普通の害虫だった。しかし、DDTなどで駆除され、名前すら聞かなくなって久しい。それが姿を変えて大都市、観光地、温泉などに大発生しているという。
都内の女性は昨年夏(2011年)に被害にあった。腕や足などを食われ、かゆみと肌のシミに悩んだ。畳のふちなどに大量にいたため、殺虫剤を何本も使ったが全く効かなかった。最後は粘着テープで取る始末で、夜も寝られなかったという。
米国ニューヨークでは衣料品店が臨時休業
東京都福祉保健局への相談件数は2005年は26件 だったが、11年には255件にもなった。茨城県の駆除業者は宿泊施設を中心に昨年だけで130件もの駆除をした。やっかいなのは市販の殺虫剤が全く効かないことだ。殺虫剤の主成分はピレスロイドという化学物質で、神経系に作用する。国立感染症研究所の実験では、従来の種(昭和初期から繁殖させたもの)には効果があったが、新種には全く効かなかった。DNAを比較すると、神経細胞系の1か所に違いがあった。これが耐性を生んでいるという。
アメリカでは2010年にニューヨークの住宅、オフィスなどで大発生して、衣料品店などが臨時休業する騒ぎになった。大きな事業所だと駆除には何十万ドルもかかり社会問題になった。ケンタッキー大学のマイケル・ ポッター教授によると、これらは2000年頃に海外から持ち込まれたという。教授が世界の駆除業者9000社にアンケートとったところ、中東・アフリカで80%の業者がナンキンムシの駆除をしていた。この地域では70~80年代に長期にわたって大量のピレスロイド系殺虫剤が使われていた。教授は耐性はここで作られたとみる。
なぜ、耐性ナンキンムシばかりになってしまったのか。在来のナンキンムシと耐性のあるものが混在しているところに殺虫剤を使うと、在来種は死ぬが新種は生き残る。混在での繁殖と殺虫剤の使用を重ねていくと次第に新種の割合が増え、ついには100%新種になってしまう。ポッター教授は「新種は繁殖力が強く、世代交代が早い」という。スーパーナンキンムシと呼ばれる所以だ。
刺されたら見つけて掃除機で吸引
日本ペストコントロール協会の平尾素一副会長は、「日本はいま5年前のニューヨークの状況にある」という。衣類や荷物に付いて入ってくるのを完全に防ぐのは不可能で、早く見つけることが第一だが、「それにはまずナンキンムシを知らないといけない」。これは大変だ。日本ではもう見たことがある人なんかほとんどいない。
アメリカでは殺虫剤ではなく、IPM(総合的病害虫管理)とよばれる対策をさぐっている。もとは稲の害虫駆除に天敵などを使う方法だ。そのための新種の習性の研究、研究者の育成も進められている。手がかりのひとつは熱に弱いこと。45度以上になると数秒間で死ぬ。そこで、電気で60度まで温度を上げられる旅行用スーツケースも現れた。吸引式や粘着式の捕獲装置もさまざまに工夫され始めている。
平尾副会長は「見つけて掃除機で吸い取ることです」という。ナンキンムシは人の血を吸って繁殖するから、食われればわかる。シーツ、マットレス、ソファや畳のすき間、カベの絵の裏側…。黒いフンも潜伏場所の手がかりになる。だが、それだといわば手作業の戦いではないか。布団乾燥機が案外有効かなと思ったりもする。何とも不気味な話である。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2012年12月6日放送「忍び寄る『スーパーナンキンムシ』」)