「16日解散する。やろうではありませんか」
野田首相の仕掛けた「劇場型解散宣言」で16日(2012年11月)に衆院解散、12月4日公示、12月16日投開票が決まった。党首討論の場であえて抜いた伝家の宝刀。野田の狙いは何だったのか。
虎視眈々と狙っていた「「何としても一発で倒す」
司会ののみのもんたは「ドジョウじゃなくて、金魚に見えました」とニヤニヤ。これにコメンテーターの北川正恭(早大大学院教授)は「伝家の宝刀は抜く時は強いですね」、金井辰樹(東京新聞政治部次長)も「政治ショーとしては超一流の面白いものだった」と言う。
新聞報道によると、前夜、首相公邸にこもった野田は「何としても一発で倒すしかない」と側近に伝えたという。自民党と公明党から「ウソつき」呼ばわりされ、足元では「野田降ろし」の動きが急を告げ、漁夫の利を得ようと「第三極」の動きも活発化して、立ち竦みの状態に追い込まれていた。
安倍自民にひと泡吹かせ、野田下ろし封じる絶妙タイミング
「12月16日投開票」なら16日解散の必要はなかった。来週22日でも十分間に合った。それをあえて抜いた伝家の宝刀だったが、北川は「絶妙のタイミングだったし、なかなか計算もしている」と評価する。
野田は16日解散に踏み切る条件として、安倍自民党総裁に「定数削減を来年の通常国会で必ずやり遂げる。それまでに国会議員の歳費削減を進めることを約束してほしい」と迫った。国民が注目する党首討論の場で新たな条件を提示し、「争点化」(金井)することによって、自分たちのペースで選挙を戦う狙いがあったのだろう。解散を前倒しすることによって野田降ろしや離党を封じ込める。政策のすり合わせすらできていない第三極の動きに不意打ちを食らわせることもできると踏んだようだ。そう考えると、16日解散はまさに絶妙のタイミングと言える。
野田対安倍の後、続いて登場したのが「国民の生活が第一」の小沢一郎代表だったが、力が抜けたような印象だった。
みの「小沢さんが出てきた時はすべて終わっていた。時代の流れを感じましたね」