架空の証明書なんでも1通5000円
驚いたことに、一般人でも「なりすまし」はあった。水商売のシングルマザーは、IT関係の「営業企画」という肩書きの名刺を持っていた。彼女は源泉徴収票が欲しかったのだ。水商売では源泉徴収票はない。しかし、保育所に子どもを預けるにも、アパートを借りるにも、源泉徴収票が必要だった。
作ってくれたのは専門業者で、「アリバイ会社」ともいう。雇用証明書、内定通知書、なんでも1通5000円で作る。架空の会社の書類をつくれば違法だが、証明書の会社は実在する。業者が複数の会社を法務局に登記しているのだ。年間2000人以上の利用があるという。「ビジネスでもあるけど、人助けだ」と業者はいう。
件の女性も、普通の生活をしたいと企業面接を繰り返したが採用されない。生活のための水商売と「なりすまし」で7年になる。「この助けがなければ、生きてこれなかった」という。
大手調査会社によると、履歴書のウソや経歴詐称は日常茶飯事だ。「100回受けても受からないとなれば、少しでもよく見せたいというのも無理もない」という。きびしい雇用情勢が根底にある。
詐欺師の話などで知られる作家の夏原武氏は、「特殊な職業でも垣根が低くなって、アリバイ会社やネット情報で簡単になりすましができる」という。シングルマザーの源泉徴収票の例をあげて、「本来、行政がきちっとしないといけないところを業者が補っている」のだと話す。
夏原氏はさらに「むしろ問題は雇用する側にある。人間よりも資格や肩書き重視で、書類が整っていればという効率第一。人間関係の冷たさが根底にあるのです」ともいった。
国家資格の詐称はともかく、普通に生きたいというささやかな希望すらかなわないシングルマザーの話が胸に残った。生活保護の悪用に比べれば、 源泉徴収票の「なりすまし」なぞ、たいしたことじゃない。
ヤンヤン
*NHKクローズアップ現代(2012年11月1日放送「追跡『なりすまし』社会」)