亡くなった両親や友人、可愛がっていたペットが枕元に現われる「お迎え」現象について、国の助成を受けて遺族を対象に初の学術調査が行われた。自宅や介護施設で身内に看取られ亡くなった人の4割が「お迎え」を体験し、そのうち9割が安らぎを得て穏やかに旅立っていったことがわかった。
猛暑が続くなか、少しでも涼しい話をというわけではない。これまで見過ごされてきた自然で穏やかな終末を迎えられる最適の場、環境はどこかを考えた。
亡くなった両親や友人、可愛がっていたペットがやって来た
「お迎え」の学術調査を提案したのは、15年前に立ち上げた在宅ケアグループの理事長・岡部健医師だ。大学病院で肺がん専門の外科医として活躍していた岡部さんは、グループを立ち上げた経緯をこう語った。
「私は患者さんの寿命を延ばすのは絶対にいいことだと思っていました。ところが、患者さん自身はちっともそうは考えていないのに愕然としましてね」
岡部さん自身がいま胃と肝臓にがんを抱え、いずれは「お迎え」がやってくると思っている。「親父が来るんではないかな、そのあたりから」
岡部さんの提案を受けて学術調査を行ったのは、仙台市を中心に在宅医療に取り組む在宅緩和グループと東北大の社会学者たちだった。対象は宮城、福島両県の在宅ケアを利用した患者の遺族たち575人で、アンケートを取ったところ、実に亡くなった家族・親族の41・8%が生前に「お迎え」現象を体験していた。最も多いのは両親や友人、可愛がっていた犬や猫などのペットで、懐かしい故郷の山や海の風景もあった。そうした体験をした人の9割が穏やかな最期を迎えたという。
調査にあたった在宅医療に取り組む河原正典医師は、医学的には「穏やかな死を迎えるために準備された人間の生理現象なのではないか。食事もとれなくなり、脳の活動が弱くなる時に幻覚を見るのだろう」という。
人間に備わった心理的な自衛作用。親しい人と繋がって安心して迎える死
終末医療専門の東大名誉教授・大井玄医師も「お迎え」体験者が4割という数字は「不思議ではない」と次のような指摘をする。
「日本では8割が病院で死んでいきますが、病院ではそういう体験は起こりにくいんですね。安らかで安心できるところでよく起こるものだと思う。病院というのは終末期の人にとって異界みたいなところで、自然なところは自宅や終の棲家といえる老人ホーム、そういうところで4割はおかしくないと思います」
国谷裕子キャスター「なぜ終末に近づいている人に起こるとお考えですか」
大井医師「おそらく人間に備わった心理的な自衛作用で、親しい人と繋がったという感じでみな安心するわけです。子どもの時にお母さんに『大丈夫だから』とさすってもらって痛みがなくなったように、親しい人が来てくれたというのは精神的な苦痛をなくすには非常に効果的です」
となると、医療の進歩がもたらした過剰なほどの延命治療は、むしろ死と自然に向き合う人間に備わった自衛作業には妨げでしかないのか。
大井医師「死を遠ざけることによって恐怖を強くしている。いま求められているのは自然のままの死を見直す作業でしょう。一人ひとりが家族を看取る場を作っていかないとまずい。子どもに実際にその場にいて看取らせることも必要だと思います」 高齢化の進展の中で、亡くなる人の死への不安感をどうカバーするか。家族が真剣に考える時代に来ている。
モンブラン
*NHKクローズアップ現代(2012年8月29日放送「天国からの『お迎え』~穏やかな看取り(みとり)とは~」