<苦役列車>映画が始まってたった5分でここまで嫌いになるヒーローは初めてだ。と書くと、とんでもない悪口のようだが、実際はその逆である。森山未来は凄い。いきなり風俗店から登場し、白米をニチャニチャ噛み、背中を丸めて他人をひがむ。肘を張り、犬のように食べる。何を話していてもふた言目には「どうせ僕は中卒だよ」「低能だよ」「クズさ」と自虐のオンパレードなのだ。
森山演じる主人公・北町貫多は15歳のときから日雇い人足で生計を立ててきた19歳の青年だ。小学5年生のときに父親が性犯罪で逮捕され、一家離散の憂き目にあった。そんな貫多と高良健吾演じる同じ年の専門学生・正二が、日雇い人足の現場で出会ってからの日常を描いた映画である。原作は西村賢太の芥川賞受賞作。純文学の映像化だけに、小説の起伏が映像になりづらいのではという不安はあった。
森山未来「自虐ふて腐れ」と高良健吾「お人好しお坊ちゃま」の友情と軽蔑
貫多は常に誰かを見下している。半面、自分が見下されることにもひどく敏感ですぐキレる。自分の素行を棚に上げて悪態をつき、女の子を見ればヤれるかどうかしか考えない。すくすくと健康に育ってきた正二が出会った当初は、「変わっているけど悪くないヤツ」と見ていた貫多を、次第に軽蔑していくのががんがん伝わってくる。NHKの朝ドラ「おひさま」でも真っ直ぐな青年を演じた高良だけに、この手の役に死角はない。
しかし、正二は人がいいというか甘いというか、態度のでかい学歴コンプレックス男に、金は貸すわ、女の子を紹介しようとするわ。早く見限って!と叫びたくなる。
加えて、映画のオリジナルキャラクターにして紅一点の「康子」を演じる前田敦子が良すぎる。薄化粧でスタイルを悪く見せるモコモコニットと半端な丈のスカートなのに、アイドル衣装のときより可憐。なにより、ひと目見ただけで「内向的だけど芯があり、何を考えているかわからない」不思議少女を『感じさせて』しまうのが凄い。彼女のパーソナリティにその素養があるんだろうなぁ。「可愛いけどあか抜けなくて親しみやすい」役柄ならよくあるのだけれど、そこに内向的、厭世的って要素が加わると、いっきに変わり者になる。あっちゃん、はまり役です。
まったく違う3本のレールが交わった一瞬の輝きと失望感
貫多がずっと肉体労働者ルックなのに対し、あか抜けないけど当時の流行もの(ラルフローレンとかコシノジュンコ)を着ていた正二は、どんどん東京の若者らしくなっていく。その「住む世界が違う」感が、異なる終着点に向けて引かれた人生のレールが、ある一点で交わったことの意味を雄弁に語る。正二と康子と過ごした一瞬は、貫多の中で輝かしい思い出になる。でも列車のレールは2度と交わらない。タイトル通り、彼が乗るのは「苦役列車」なのだ。最後まで観ると、なぜ作者は「書かねばならなかった」のかがずんと迫ってくる。
友ナシ、金ナシ、女ナシ、この愛すべきろくでナシ。劇場ポスターに書かれたキャッチコピーだ。でも「愛すべき」と思った次の瞬間に、こちらの信頼を裏切るのが貫多という男なのだ。憎み切れない部分があるのもわかるんだけど…。観てスッキリはしないが、個々の役者のファンなら一見の価値あり。憎まれっ子だけど世に憚れない小者の悲哀に何を思うかは、どの役に感情移入するかで変わってくる。
(ばんぶぅ)
おススメ度:☆☆☆